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『カラシニコフ自伝』:稀有な設計者の稀有なストーリー

By Hiroki Kamata | 2008年 5月 4日

技術者の自伝は技術的なチャレンジの成功や挫折についての話が中心となる。科学者の場合は、最高レベルの頭脳を有するコミュニティや歴史との関わり、といった要素が入ってくる。本書は、そうした意味では異色だ。それは旧ソ連の銃器(AK-47)設計者ミハイル・カラシニコフ(1919-)の自伝(聞き書き)だからということになろう。しかし、あまりに数奇(で想像を絶する苛酷)な話の中で考えさせられたのは、優れた設計がどのようにして、どのような人物によって生まれるのか、ということだ。

工業製品としてのモノづくりの特徴は、主観的に、あるいは人から言われた「良いものをつくる」ことではなく「何が良いものなのか」の答を探しながら進める必要があることだ。結果的に成功したものは、ライン化され、ライセンスされ、あるいはコピーされて広がる。何十年も作られ続けて莫大な利益をもたらす。これはITでも変わらない。成功のポイントは、設計が柔軟で融通無碍であることで、実装(材料、加工、組み立て)からの独立性が強く、ユーザー(知識、技能、使用環境、使用目的)にも依存しないということだ。それは完璧な製品というに等しい。世界中の技術者が苦闘しているが、成功は稀である。

カラシニコフが1947年に設計した「カラシニコフ突撃銃」は、「おそらく2025年、あるいはそれを超えるまで使われるだろう」(米国スミソニアン博物館の武器史家 エドワード・エゼル)と言われる驚異的な成功を収めた。後継種や非正規品を含め、少なくとも1億丁以上は出回っている。それというのも、上述した特徴を完璧に備えており、それ以上の設計が登場しないからだ。とくに「兵士を裏切らない銃」というというのはいい。彼が誇りにするのは当然だろう。(自慢はしないがビン・ラディンも使っている)

この名銃を設計したカラシニコフは、農民出身で学校教育も受けないまま、独学で機械屋、そして銃器設計者となった。大戦中に若い兵士だった彼の才能を見出し、機会を与え、しかもその設計を(実績ある設計者がいる中で)正当に評価した、当時のソ連のシステムは意外なほどよく出来ている。不思議なことに、旧ソ連は武器の設計だけは競争が機能していた。兵器に設計者の名前が付くのは、欧米の習慣ではないが、それだけ(なぜか武器だけは)設計というものが天才の仕事であることを、社会としても認識していたと言うことだろう。設計を評価するには、組織が柔軟性を持っていないとできない。ちなみに「ゴルゴ13」が愛用しているM16の設計者ユージン・ストーナーも独学の兵士だった。

優れた設計者がすべてそうであるように、彼は設計を全体性の中で見る目を持っている。生産現場や利用現場との関係を見つつ、設計として結晶化させる多次元的な想像力である。砂や水、温度変化に耐える機械を設計するのに、密閉性を高めるのではなく、逆に部品と部品との間に隙間をあけるというアプローチ、永久機関から発想したという自動連射機構の設計の独創性は、まさに傑作というに相応しい。それは最近の「脳」学者がいうような「ひらめき」として降ってくるのではなく、粘り強い、ハイレベルの試行錯誤の中で割り出していくものである。彼の設計の大半は制式採用されず、生産もされなかった。それどころか、彼が憤っているように、試作品のほとんどはスクラップ化されているのだが、彼がいかに一連の設計をプロセスとして重視しているかを物語っている。

以上、技術論として書いてきたが、本書の大半は現代史を背景にした人間のドラマであり、そうしたエピソードはもちん豊富で飽きさせない。流刑地のシベリアから脱走したり、戦争で重傷を負うなど、何度も地獄を見たにもかかわらず、人生を愉しむすべを知っており、多趣味でなかなかの教養人だ。ここらがロシア人の凄さだとラ思う。 

(蛇足ながら、20年近く前にAK-47の中国製コピー品をサンフンシスコ近郊の射撃場で使用したことがある。さすが、というか、このドシロウトでも驚くほどよく的に当たった。命中が難しい拳銃とはたいへんな違いがあることに驚いた記憶がある。)

Object-Insiders, 05/04/2008

Topics: 書評(本・新聞・ブログ) | No Comments »

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