ビル・ゲイツの引退
By Hiroki Kamata | 2008年 6月 29日
ビル・ゲイツ氏が引退した。引退してもおかしくない齢ではあるが、この転換期に、なんとなく早すぎる気がしてしまう。彼は1980年代にPC革命を主導し、90年代には帝国を築いたのだが、アレクサンダーのように見果てぬ夢を追ったりはしなかった。技術者ではなかったが、最も技術者を理解できた経営者であり、彼によってソフトウェア技術者の地位と所得が向上した。彼が集めた天才的な科学者、技術者が、どんなことをやってくれるかに、個人的にも期待していたが、それを見ずに、ヤフー買収交渉を最後に、引退してしまったのは残念だ。バルマーのもとでは、アイデアは開花しないだろう。
「ビル・ゲイツたちが33年前にマイクロソフトを創業した時、この会社には、自分よりコーディングの下手な上司には従わなくていい、というルールがあった。5年後、成長に向かって苦闘を続ける中で、ゲイツ氏は洗剤を売るプロクター&ギャンブル社で経験を積んでいたスティーブ・バルマーという経営幹部を採用した。そして創業者は彼のコーディングルールを、窓の外に捨て去った」
Economist誌「ビル・ゲイツの意味」を読む
Economistによる送別の辞は、なかなか巧みで味わい深い。まず彼の特徴である甘酸っぱいロマンティシズム(若さ)と冷徹なプラグマティズム(老獪さ)を、わずか数行で言ってしまっている。1978年当時のメンバーの写真は、まるでヒッピーのコミューンで撮ったように見える。日本的にいえば「時代の雰囲気」で片づけられそうだが、彼はなお70年代ハッカー的なロマンティシズムを失っていないし、それがあったからこそ、多くの優れた技術者を集めてきた。洗剤とソフトウェアの類似性と違いを、彼はかなり深いところで理解していた。
同誌は、ゲイツが時代に先駆けて2つのことを発見したことを評価する。
- コンピューティングが大量生産、低収益型ビジネスとなり得ること、
- ハードウェアとソフトウェアは事業的に別個のものであるべきだと考えたこと。
前者はP&Gでその道を学んだバルマーによって完全に立証された。後者は、インテルとの連携とIBM (PC)からの独立により、IBMに新しい時代のビジネスを教えるという劇的な形で実現した。彼がヘンリー・フォードと並ぶような大企業家であることは確かである。同社の技術の多くがオリジナルでないとして、“業界”の評判は芳しくないが、ビル・ゲイツの革新性は事業モデルにある。Economistは言う。
「彼の天才は、何が必要であるかを理解し、いかに時間をかけてもそれを手に入れるための努力を惜しまなかったこと。ヴィジョナリーが他人のアイデアを鼻であしらう傾向のある業界では、どこにでも行く積極性は圧倒的な優位となった。」
そのモデルが常識となった後では、テクノロジーの氏素性だけがトリヴィアルな話題となるが、偉大なビジネスモデルはテクノロジーとは別次元にある。彼が第一線を退き、グーグルによって別のモデルが提示された現在、ゲイツの偉大さはいま一度確認しておくべきだと思う。
英国のジャーナリストは、駄洒落もじつに巧い。冒頭の文章からしてそうだが、見出しの“MS DOS and don’ts”には唸ってしまう。もちろん “Dos and Dont’s”にひっかけてある。以上がDosだったとすれば、Dont’sは、独禁法(司法省、EU当局)との闘いを通じて見せた過度のプラグマティズムだったとする。私も、もし彼が(かつてのIBMのように)事業分割を呑まされて(受け容れて)いたならば、インターネット時代のPCの凋落にも柔軟に、攻撃的に対応できたと考えている。バルマーは、20世紀型ビジネスの最後の恐竜であり、あまりに強すぎたために転換をますます遅らせている。しかし、人間はあらゆることに完全であることはできない。しかし、個人的にはマイクロソフトがいま一度、「甘酸っぱい」創業精神に立ち返ることを期待したい。
Topics: テクノロジーとビジネス, 書評(本・新聞・ブログ), 近時片々(時論) | No Comments »