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現代の貧乏神:反ブレンド主義

By Hiroki Kamata | 2008年 7月 27日

かつてフランスやイタリアのコーヒーの味に感動し、豆の品種を聞くと、すべて「ブレンド」であって、様々なブランドがあるのを知った(最近では、日本にもイリーやセガフレードといった店が進出している。)日本の喫茶店は、かなり前から「モカ」や「ブルーマウンテン」「キリマンジェロ」といった単一産地品種でコーヒーを淹れるのを正統とし、「ブレンド」を格下に扱う。喫茶店主は、“純豆主義”に固執してブレンドより有機栽培だ、焙煎だドリップだ…とあくまでブレンドを拒否する人が少なくない。日本人は、異質なものを混ぜるのことを恐れ、道徳的に「不純」としているかのうようである。しかし…

他方で「日本文化」は融合・折衷の産物であり、それがむしろ特質となっているともいえる。混ぜることによって、新しい価値を創造する能力を、われわれの先祖は十分に発揮してきたわけだ。景気のいい時代には、そうした融合・折衷による大胆な創造が進み、不景気になるほど「純」なるものを求める。たとえそれが不味くても。だから、純化主義は貧乏神の看板と考えて間違いはない。

テクノロジーにせよビジネスにせよ文明にせよ、異質なものの間に新しい創造的な関係が発見されることによって発展していく。日の下に新しいものはなく、創造とは本来「関係の再構築」だからだ。しかし人々が考えるイメージは別で、創造は偉い人がコツコツと努力を重ね、純化していく結果であると考える。だからこそ、物事が上手くいかなくなると、社会は成功の「原点」に立ち返り、それを「純化」していこうとする傾向を強める(昨今の“ものづくり”崇拝を見よ)。原理主義や攘夷思想も同じと言ってよいだろう。しかし時代は変わっており、もうドジョウはいない。まだ試みられていない関係を試すしかない。その際、創造的精神としての「原点」は重要だが、方法の墨守は障害となる。

新しい「関係」のなかでは、日本人と「非日本人」との新しい関係が重要となると思う。じっさい、日本の会社を変える一番いい方法は、海外から(日本に足りない領域の)優秀な経営者、技術者を引き抜いてくることだろう。日本はリーダーを育てない社会なので、そちらの人材は極端に(しかもますます)不足している。グローバルな競争を受け容れる以上、リーダーは「身分」ではなく「機能」であると考えるしかない。世界レベルの優秀な経営者と競争して初めて、日本の人材が育つわけである。本来「和」とはバランスであり調和である。「同調」こそ和を損ねるということは、論語でも強調されてきたことであった。

話は違うが、インド人はレストランで注文した数種類のカレーを、自由に混ぜ合わせて食するのを楽しみとしている。日本でこれをやれば、周囲から顰蹙ものだろう。しかし、何度か試してみると「自分の味」というものを発見できる。ブレンドこそ「自由」であり「個性」なのである。

Topics: 近時片々(時論) | 1 Comment »

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One Response to “現代の貧乏神:反ブレンド主義”

  1. 「成功の甘き香り」:Nespressoビジネスモデル | INTELOGUE さんより:
    2009年 2月 21日 at 3:20 AM

    [...] 参考: 拙稿 「現代の貧乏神:反ブレンド主義」 [...]

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