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アイデンティティの危機

By Hiroki Kamata | 2008年 8月 4日

北京オリンピックをめぐるTVニュースやワイドショーの「報道」を見ていて哀しいのは、人権だ、餃子だ、大気汚染だ、テロだ、マナーだ…よくも続くと思えるほどのネガティブなコメントのオンパレードで、「これでホントにやれるのか?」という陰に、「何とか失敗して恥をかいてほしい」という期待が垣間見えることだ。本番で日本選手が不振なら、さらにエスカレートするだろう。

嫉みというのは、どこの文化でもかなり恥ずべき、病的な感情であるとされている。まして隣国にとっての慶事である。自信があれば、いやらしく他人の失敗を願ったりはしない。幸い、中国の対日感情は(自信を反映して)近年になくよいようだが、いつ感情のこじれが危険な状態を招かないと限らない。それに問題は中国への感情にあるのではなく、日本人の精神状態にある。敗戦以来の「アイデンティティ」の危機にあるということだ。

明治維新以来、日本はアジアをリードして「近代化」を達成したことを最大の誇りとしてきた。唯一の敗戦は、世界の超大国「米国」に対してのもので、戦後は「市場経済と民主主義を」導入し、米国に次ぐ「第二の経済大国」の地位に満足しきってきた。しかし、中国は一党独裁下の国家資本主義という異質なモデルで「近代化」を達成し、最大の輸出国家となり、米国の最大の債権国としてその戦争経済を支え、オリンピックや万博を機に、さらに日本を凌ぐ世界の大国としての地位を不動のものとしようとしている。

言ってみれば「第二の敗戦」を、今度は中国を相手に喫しそうだという焦燥感なのだろう。しかも一貫して戦後日本の「基軸」であった米国との関係に変化をもたらすものだけに、嫉妬がむき出しになってくるわけだ。日本は「欧米」並みだが、中国は異質で、まだ後進国だ、と。中国は逆に、賢明にも「中国はまだ発展途上国」と言い続けている。

世界市場を通じた金儲けのモデルを発見した中国は、ここ当分、失敗しない周期に入っている。緊張感を持った有能なリーダー、国民の勤勉さと享楽的性向の両立、そして18世紀に至るまで、つねに世界経済の4分の1以上を占めてきた伝統など、発展の条件が揃っている。重要なことは、低賃金労働力だけを武器とせず、労働生産性の向上に精力的に取組んでいることである。航空・宇宙産業など、日本が(対米関係に遠慮して)手を抜いてきた分野でも成果をあげ、ITの導入のスピードも速い。しかもソフトウェア無線などの最先端技術の導入においても、日本よりははるかに熱心だ。

日本が中国に優る可能性があるのは、重要な選択に際してほとんど機能してこなかった「民主主義と人権」、すでに崩壊過程に入った「終身雇用」くらいなものだろう。それに江戸期の武家社会、商人道徳と結びついてきた儒教的伝統では、中国に劣るわけでもない。過去の成功体験に依拠せずに、新しい日本の発展モデルは描くことができるし、しなければならない。

国民に雇用や年金・医療を提供できなければ人権の意味はない。議論が機能しなければ、それに有能な(絶対にシロウトではない)指導者を選べなければ民主主義の意味はない。人間の能力を引き出し、高めることができなければ教育の意味はない。創造的なビジネスが生まれなければ市場の意味はない。本来あるべき状態にするのが改革で、財政再建など「改革」とは言えない。日本は中国より優れたモデルを構築しなければ、ライバル兼パートナーという安定した関係を築けないだろう。

 

Topics: 政治・経済・ビジネス, 現代世界論, 近時片々(時論) | No Comments »

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