「敵」と交渉する時
By Hiroki Kamata | 2008年 10月 11日
英軍司令官に続き、ついに米国の国防長官までタリバンとの交渉に言及し始めた。おそらくはすでに始まっているものと思われる。これまで不倶戴天の敵としてきた相手と交渉するのは難しい。敵ではなく、部下、味方、国民が怖いからだ。かつての日本はこれができずに奈落に沈んだ。さすがに老巧な政治文化を持つ英国は、それができる。
テロリストと交渉できるか? もちろん、その気さえあれば。彼らにも家族や友、共同体がある。もともと「テロリスト」など、国民をけしかけるための、敵の別名にすぎなかった。敵を消滅させることが、与えられた期間とコストでは不可能と認識した時点で、政治(交渉)が始まる。なかなか納得できないのは、失われた命、破壊された生活が、いったい何だったのか、ということだろう。日本の海上自衛隊の米軍への給油は、海のないアフガンには無用(幻の対イラン戦争には有効)の奇妙なカードだったが、この程度で済んだとすれば僥倖というべきかもしれない。
- 「パターン人の中での生活には不思議な魅力がある。その感覚をどうにか表現し、伝えようと多くの人が試みてきたが、いわく言いがたい。」(Sir Olaf Caroe, “The Pathans”, Macmillan, London, 1958)
英国インド総督府で北西辺境州知事などの要職を歴任し、自らパシュトゥン諸部族の間で暮らした経験を持つオラフ・カロー卿(1892-1981)は、パシュトゥン人の歴史を書いた大著の冒頭でこう書いている(パターンはパシュトゥンの別称)。彼らは2000年以上の歴史を持ち、今日のアフガニスタンとパキスタンにまたがる地域で、厳格な士族-部族社会の掟と独立不羈の精神を保持してきた。山岳地帯の自然は、一見荒涼としているが、目を見張るほど美しくもある。激しい季節の変化もある。
筆者もかつてパキスタン北西辺境州でパシュトゥン人に接し、その魅力の一端に接した一人である。旅人を歓待し、友にすれば頼りになり、敵にすれば恐るべき…という性格は、わかりやすく好もしかった。武器を携行し、一人一人がサムライである。「自由を愛する」という言葉が、これほどぴったりする人々は少ない。
ペルシャからインドに至る道の間に位置するアフガニスタン地方は、アレクサンダー大王からチンギス汗、ティムールの帝国、大英帝国、ソ連に至るまで、異なる文明を運ぶ無数の侵入者と戦いながら、その一体性を保ってきた。という意味では「不敗」を誇る資格がある。大国の征服戦争は、歴史的にほぼ4年を一区切りとする。どんな大国でも、10万以上の大軍を4年を超えて外国で戦わせるのは困難で、大英帝国の2度のアフガン戦争も4年を限度とした。ソ連の侵攻もほぼ4年だった。
米国の対テロ戦争の最初の“勝利”とされる「不朽の自由作戦 (OEF: Operation Enduring Freedom)」だが、2001年のわずか1ヵ月でパシュトゥンを中心とするタリバンを潰走させた時、筆者は当然のように「これでは終わらない」と感じた。90%が政治的キャンペーンであった作戦で、絶対にパシュトゥン人やムスリムを好きになれない米軍人が「支配」しようとすればどうなるか、分かり切ったことだったからだ。「不朽の自由」は、パシュトゥン人のための言葉だ。いくら“伝統と因習に縛られ”、“時代遅れ”に見えようと、彼らの勝手にさせるしかない。(想うに「自由」は、単独では意味を持たない空っぽの言葉で、だからこそ魅力=魔力があるのだろう。)
2004年にタリバンが再結成して始まった今回の戦争から約4年、金の切れ目が戦争の切れ目。戦略的な意味も希薄になり、もはや流した兵士の血のみが、現地に留まらせる理由になってきた。唯一の問題は、「アルカイダ」というラベルを貼られた、外国人ジハーディストの扱いだ。タリバンはこれまで“渡世の義理”を守ってきた。難しい交渉となるだろうが、米国大統領が変わる今が筋道をつける潮時だ。制約が多い次期大統領に任せたら、また犠牲が大きくなる。
注:パシュトゥン人は、東部ペルシャ語系パシュトゥ語を話す民族の総称で全世界に4,200万人。パキスタンに2,800万人、アフガニスタンに1,300万人が居住する。(Wikipedia)
Topics: 現代世界論, 近時片々(時論) | No Comments »