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哀しきガラパゴスの「ビール系」

By Hiroki Kamata | 2008年 10月 12日

1-9月の「ビール系飲料」の出荷量が2.7%減少し、1992年以降の最低。一方、直近の四半期では「第三のビール」が発泡酒を抜いたそうだ。ビール6.7%、発泡酒7.1%の減。“ビール(麦酒)比率”は52.6%で、半数割れは確実だろう。酒税法とその改訂によって生まれたこの「ビールもどき」の増殖は日本の恥というしかない。時々ドイツやベルギーのビールを飲むと、酵母の多様性がもたらす豊かな味と香りを実感できる、「日本のビール」の味は、官僚統制と競争制限の結果なのだ。

日本のビールは概して味がなく(ギンギンに冷やして飲むと多少ごまかせる)、炭酸がキツい。ましなものはあるが(なぜか「地ビール」と呼ばれる)、国際的にみてかなり貧弱で、哀しくなる。それでも、輸入ビールは高いし、炭酸は日本の風土に合っているだのといったナショナリズムにも護られて「喉越し」信仰は維持されてきた。なんのことはない、350mlで77.0円という禁止的な重税(ドイツの17倍、米国の9倍で、ワインや日本酒より高い)を維持してきた結果、文化と生活が歪んできた結果である。

その昔、ビールは「高級酒」に分類され、富裕層のための贅沢品に重税は当然、という理屈で高額が設定され、維持されてきた。その間に、ピール重税は「財源」となり(「道路財源」のように)、冒し難いものになったようだ。ビール業界は再三要望しているが、税額の正常化が、メディアや国会などでまともに議論された形跡はないのも恐るべきものである(確かに国税庁はコワい)。

さらに昔をさかのぼると、中世の日本において、酒は最も早く政治的な商品となった。酒は寺社で製造され(僧坊酒)、その財政を潤し、他方で幕府は酒屋を免許制にし、麹座を成立させて(自由販売を禁止し)これまた財源化した。当然、利権をめぐって紛争が頻発した。酒が権力にとっての重要な統制品であるのは、鎌倉時代も現代も変わりはない。しかし、中世には絶対権力は存在しなかった。日本の不幸は、「中世的遺構」と明治政府的な国家権力が、改革好きだった国で生き残っていることだ。

Topics: 近時片々(時論) | No Comments »

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