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危機の時代、オバマの時代

By Hiroki Kamata | 2008年 10月 21日

「ワシントンDCは、政権を中心とした巨大な村のようなもので、政権が変わると2万人あまりが失業して村を離れ、別の2万人あまりが入村する」とこの村の住人に聞いたことがある。2009年は大規模な引っ越しが見られそうだ。異常な(あるいは過去最大の)盛り上がりを見せた米国大統領選挙も、本番を前に勝敗の帰趨が決まるという意外な展開になった。金融恐慌が転換点となったわけだが、恐慌がそのままオバマに有利となったのではない。状況における両候補の発言と行動の評価で大差が生じたものだ。

ゴアがブッシュとの討論で見せた“嘲笑的表情”のせいで支持率を落としたと言われるように、候補の“知的優位”は、選挙では必ずしもプラスにならない。しかし、金融恐慌によって政治家・指導者としての発言が期待される状況となったために、事態の意味を正確に認識していなかったマケインが貧弱に見え、大統領職のシミュレーションと捉えて無難に行動したオバマが「性格の安定性、気質の成熟ぶり」(LAT)を見せつける結果となった。マケインは勇気と健全な良識を持った人のようだが、危機の時代には、指導者自身に知性とビジョン、調整能力がないと務まらない。コーリン・パウエルなどの共和党有力者がオバマ支持を表明したのも、愛国心からと理解される。

もう一つ忘れてならないのが、マケインがパートナーとしたペイリンだ。ロサンゼルスとシカゴの共和党寄りの有力紙が、ともに副大統領候補起用を批判し、「無責任で、記憶の範囲で最も不適格な候補」とまでこき下ろしたのは、尋常ではない。ヒラリー票を意識した選挙戦術で最重要人事を決定した非常識に、共和党の本流が愛想を尽かしたのである。ペイリンは結局「田舎の利権政治家」にすぎないことが明らかになった。「保守」で「子沢山の女性」というだけで、アメリカが世界に誇れる指導者ではない。もちろん、ジョージ・W・ブッシュやかつてのダン・クエールとも比較にならないだろう。

米国大統領選は4年に一度、1年半以上と巨額の資金をかけて戦われる国民的娯楽となっているが、日本の「お祭り騒ぎ」と違うのは、プレーヤーもメディアも国民も、その“神聖さ”を傷つけることだけはしないことだ。大まじめで、「神に選ばれた国」「世界でもっとも偉大な国」の指導者を選ぶつもりでいる。いつも政治家の頭を悩ます、信仰や中絶、銃規制など、米国独特の選択基準もいまだに生きている。また絶対に「女性」や「黒人」を特別視しないというタテマエも貫かれる。だからこそペイリンには容赦がない。(日本での小池元大臣への扱いとはたいへんな違いだ。)

大恐慌より深刻な危機においてアメリカを救うものがあるとすれば、優れた指導者を選び、神聖なものを護ろうとする意思に違いない。

Topics: 政治・経済・ビジネス, 近時片々(時論) | No Comments »

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