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国内自動車市場の危機と再生

By Hiroki Kamata | 2008年 11月 7日

自動車産業の急降下が顕著になってきた。国内市場の縮小、新興国メーカーの追撃、動力源の転換、どれをとっても容易でない問題なのに、金融危機による米国市場の瓦解が追い打ちとなった。自動車は広大な裾野を有する日本の産業的背骨であり、「電気機械」とともにとも両肺にも例えられるだろう。この2つが元気でないと「ものづくり」も成り立たないが、それには国内市場の再生(成長軌道への復帰)が鍵を握る。


産業には、国際競争力により、競争的産業と非競争的産業が生じる。前者が非競争的産業、あるいは社会インフラのかなりを支え、それによって国内需要を安定させるという共棲関係がある(強者だけの社会はあり得ない)。日本の自動車税制、車検制度、運転免許制度、交通政策、道路行政、保険業…などは、すべて高度成長期の、免許を獲得し新車を購入したい、という人々の(今となっては)異常な熱気と幻想を前提としていた。自動車のオーナー、運転免許保持者にかけられる負担は、国際的に見て信じられないほど重い。これほどの負担に耐えて車を買おうという国民はそういないだろう(それより前に政府を変えたほうが早くて安い)。

産業政策としてみると、本格的な競争力がつくまで、国内産業は保護されていた。市場であるオーナーやドライバーに重い負担を負わせたことを考えれば、行政は国内市場の育成ではなく、勝手に育っていく市場の周辺に、上述した(寄生的と呼ぶ人もいる)エコシステムを築き上げることに腐心していたわけだ。この(かなり歪んだ)政策は、驚いたことに、国内市場の成長を妨げなかったし、それどころか30万円以上を払って運転免許を取ったり、高額の自賠責保険を払ったり、車検に追われて新車を買ったり、とGDP的には「好循環」を生んでいた。それでも人々は車が「必需品」だと思っていたのだ。

幻想の崩壊は、若年雇用の「非正規化」やケータイの普及(による通信費の負担増)がもたらした部分が大きい。輸出に夢中になっていた自動車産業にも責任があるから皮肉なものである。かつて国内自動車市場は、自動車産業を中心とした高度成長に支えられていた。非競争的部分を養ってこれたということだが、これが当り前ではなくなった。自動車を購入し保有し、利用する一切のコストは、オーナーやドライバーにとって耐えがたいものとなりつつある。市場の縮小はその結果だ。道を走る車のサイズも年々小さくなっていく。これは中国や韓国と対比するとよく分かる。自動車教習所の倒産は珍しくなくなるだろう。

自動車産業には、なんとか苦境を乗り切ってもらわねばならない。そのためにはテクノロジーとポリシーの2つの面での”CHANGE”が必要だと思われる。とりわけ自動車オーナー、ドライバーへの負担の軽減は必須である。「環境」を名目にさらに負担させようとすれば、国内市場は危機的水準となるだろう。道路、免許、車検、保険等々の制度設計も改めて(総合的に)行う必要がある。政府に最も期待されることである。

Topics: 政治・経済・ビジネス | No Comments »

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