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米国金融規制システムの再構築:マドフ事件の深層

By Hiroki Kamata | 2008年 12月 17日

マドフ事件のターゲットはSECだった !

このブログのページビュー(少な目をカウントするスタットを使用)は、通常ふた桁台で安定している。ところが、「マドフ事件」の3日間は、なんと3桁を超して4桁にまで行ってしまった。もちろん検索エンジンのお蔭で、内容の評価とは無関係と考えている。思うに、日本の主要情報源は、なおこの事件をちゃんとカバーしていないし、日本企業の被害(野村HDとあおぞら)など、関心が狭すぎる。これでは多くの人の疑問 ─ なぜ表の世界の重鎮が詐欺を、なぜ5兆円も、なぜプロが被害に、なぜ当局の目が節穴か、単独犯か、カネはどこに…といったことに何も答えるものではない。日本に職業的好奇心を持ったジャーナリストはいないのだろうか。

欧米メディアを見れば、少しづつ新しい情報が出てくるし、事件の本質を問う議論も活発に展開されている。SECの監査が機能せず、不正もあったらしいことが(早くも)明らかになりつつある。疑惑に対する調査が、10年も店晒しになっていたというのだ。なるほど、どうもこの捜査は、新政権への移行期を狙い、チェンジの露払いとしてSECの膿を出し切っておこうという強い意志の下に始められたようだ。新しい財務長官も関係しているだろう。マドフ氏はSECの諮問委員会のメンバーでもあった。ただでさえ非難の的になっていたSECは、「本来の役割は、市場の賢明な規制ではなく投資家の保護である」と抗弁してきたが、今回の事件で、市場を規制できないで投資家の保護などできないことを露呈した。ポールソン現財務長官はすでにSEC解体を提案している。(Economist, 12/15/2008)

「神の見えざる手」より「見える化」

市場は「神の見えざる手」に任せるのがよいと考えたアダム・スミスの神は、もちろん「善なる神」であり、その手は神の声を聞く人々(社会)の道徳的感情によって動くはずだった。だが、神の声も儲かっている人間からは遠ざかる。彼の神は利子を厳しく禁じたが、産業資本主義は「労働」と「イノベーション」を持ち上げることで利子を正当化した。産業資本主義が英米で廃れ、金融資本主義が替わると、労働への信仰はキリスト教保守派に、イノベーションはITに任せ、市場と国家は、とうとう善なる神の容認できない領域に直進していった。一神教的な説明ではこうなる。

しかし、別の見方もできる。古代ギリシャの商売(市場)の神ヘルメス(マーキュリー)は、詐欺・泥棒の神でもある。これは取引というものの両義性を表した比喩で、リアリストの神はそうしたものだろう。この神は(もちろん超自然的な力を持っているから)人間に恩恵を与えることもあれば、災いをもたらし、道を誤らせたりもする。善でも悪でもある(というより、神には是非善悪はない)ので、人は善なる感情でこの神に祈るか、別の神(農耕、正義、運命、復讐、あるいは最高神…)に頼んでなんとかしてもらうしかない。つまり、「神々の見える手」によるバランスの回復を願うわけだ。

ITによる透明性・効率性確保と結果の最適化

規制の最大の問題は、権力の集中が不正や停滞の制度化につながることだろう。それに対する解決は、権力を分散させ、プロセスをオープンにしてチェック&バランスが働くようにすることしかない。例えばアメリカには1ダース以上の警察権力が、地域・分野別に林立している(SECもその一つだ)。以前、米国の友人に呆れた顔をして見せたら、「それが民主主義のコストだよ。効率性なら独裁がいい」と言われ、感心したことがある。権力の分散を機能させるためには、かなり精密な制度設計(関心領域の分離と統合)とプロセス/ルールが必要で、事務作業が膨大になる(官僚制の温床)ことから、従来は敬遠されてきた。これはITでかなりうまくできる。むしろ、怪しげな「商品」の開発ではなく、規制にこそITを徹底して使用すべきだろう。「プロセスの最適化」は、近年のITの最大のテーマでもある。 (12/17/2008)

Topics: 政治・経済・ビジネス, 近時片々(時論) | 2 Comments »

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2 Responses to “米国金融規制システムの再構築:マドフ事件の深層”

  1. 松井昭彦 さんより:
    2008年 12月 22日 at 12:26 PM

    少しづつ → 少しずつ

  2. admin さんより:
    2008年 12月 22日 at 2:14 PM

    ご指摘ありがとうございます。
    「づ」と「ず」の用法については結構論争があるようで。
    たとえば
    「Yahooの知恵袋」
    http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1411217989

    「文化庁国語審議会」では「づ」も「許容」されているようです。
    http://www.bunka.go.jp/kokugo/main.asp?fl=show&id=1000001727&clc=10...

    個人的には、旧仮名のものを少なからず読んでいたせいで、「ず」はどうも肌ざわりが合いません。ブログなので「許容」いただければ幸いです。

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