マドフ経済:ポール・クルーグマンが語る
By Hiroki Kamata | 2008年 12月 20日
「とはいえ、マドフ氏の話と投資業界全体の話の間にどれだけの違いがあるというのか。このわかり切った問を発したいのは私だけではないだろう。」
なぜか本ブログ史上最大のヒットとなった本件を(たぶん)締めくくるべく、ポール・クルーグマンがNYタイムズ(12/19/2008)に載せているコラムをご紹介しよう。やっぱりノーベル賞経済学者も同じことを考えている。
以下、雑駁な要約:金融サービス業界は、これまで一世代にわたり、とび抜けた高成長を謳歌してきた。だがそれは価値を創造したのではなく、むしろ破壊してきたのだ。マネーだけではない。社会全体を腐らせた。これらの業界の平均賃金は、他業界の4倍以上、年収100万ドル以上はめずらしくなく、2,000万ドルもざら。平均的労働者の賃金が(80年代の不況以来)低迷し続ける中で、大金持ちの資産は爆発的に増加した。しかし、ウォール街のスーパースターが稼ぎ出した(と思われていた)数字は、じつは錯覚だった。幻の業績で受け取った巨額のボーナスは、しかし顧客がいくら損失を出そうが手つかずのまま。
金融部門は、この数年アメリカのGDPの8%(前の世代には5%)を稼ぎ出すとされていたのだが、3%分が錯覚なら(多分そうなのだが)、年4,000億ドル(400兆円)が詐欺と濫費だったということになる。遠慮なく言わせてもらえば、ウォール街の邪悪な利得は、共和党から民主党までの政界をも堕落させてきた。他方、手っ取り早い稼ぎという誘惑は、最も優秀な若者たちを、科学や公共サービスその他ではなく投資銀行に吸着ことで、この国の将来に決定的な損害を与えた。
さらに、この膨張しきった金融業界の中で、億万長者たちが「稼ぎ」まくっているうちに、現実感覚が失われ、判断力も鈍っていった。なぜ切迫する危機を誰もまともに受けとめようとしなかったか。エリートの中にさえ、巨額の稼ぎをあげる人間たちを崇拝する本質的傾向が生まれ、すべて承知してやっているんだと思い込むようになっていたのだ。多くの人がマドフ氏を信頼したのはそのためである。(以上、お粗末な要約)
「自己責任」はどこに行った?
リスクと自己責任(最近は死語に近い)のギャップが、社会を腐らせる。正確には社会としての一体性の観念を風化させるというべきか。米国民(あるいは米国に金を貸していた国)は、ざっと数千兆円規模の損失を負ってしまったわけだ。それを解消するには10年では無理。ラヴクラフト風に考えると、マドフ氏こそ「魔導父」であったといえよう。金融バブルの掉尾を飾り、大手銀行とユダヤ人富豪を中心に5兆円「騙し」取ったのは、一瞬の光芒であった。
池田信夫氏は、日本のバブルの実損失を600兆円と推定している。過去15年間のゼロ金利政策の結果、300兆円余りが企業に移転され、「本来はバブル崩壊の直後に企業の破綻処理によって株主が負担すべきだった損失を、15年かけて預金者が負担することで、日本経済は表面的には回復した」(12/17/2008)ということになるが、アメリカの場合、輸出できるのは農産物とITだけだから同じような図式にはいかない。
バブルの清算を預金者と勤労者に負わせ、円安による輸出産業の成長と国内市場の空洞化を進行させた日本の「改革」と異なり、米国の「チェンジ」はより徹底的なものとなることを期待したい。成長を実現するには「イノベーション」しかないことは衆目の一致するところだが、単純に「技術革新」に短絡されると困るので、改めて考えてみたい。 (12/20/2008)
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