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“L’emploi précaires” と “Nabakari tencho”

By Hiroki Kamata | 2008年 12月 24日

久しぶりに東京新聞を読んだが、なかなか面白い。とくに目を惹いたのは、新宿中央公園でホームレスの炊き出しボランティアをやっているというフランス人の話だった。名をダヴィド=アントワヌ・マリナス(31)といい、滞在8年にもなる社会学のドクター(一橋大)。日仏会館の研究員としてホームレスの研究をしているという。隅田川で3ヵ月ほど暮らしたこともあるそうで、なかなか本格的だ。築地市場についての浩瀚な本を書いたアメリカ人もいたが、灯台下暗しで日本人の盲点となる対象をていねいに調査・解明してくれるのはありがたい。
マリナス氏のブログも見た。すべてフランス語で、1本読むにも1時間はかかりそうで手が出ない。しかし、「非正規雇用」の問題や「名ばかり店長」の話などが取り上げられている。感心したのは、「非正規雇用」を “l’emploi précaires“、「名ばかり」を “seulement de nom”としていたこと。「非正規雇用」とか「派遣社員」というのは、労働官僚と人事部の新造語で、実体を反映していない。そのまま外国語に置き換えても理解不能となるということだ。irregular や abnormal、non-ordinary な労働者が労働人口の3分の1を超え、生産現場を担っているなどということはあり得ない。précaires は「不安定、危うい、不確か、かりそめ」を意味する形容詞で、日本語より実体を正しく反映している。もちろん、プレカリアート (précairiat)にも対応している。

他方、官製日本語でない「名ばかり」のほうは言葉の互換性がある。生活の現実から生まれた言葉の強さである。こうしてみると、言葉を濫し、それによって日本語を極度に難解にし、コミュニケーションや正常な議論を困難にしているのは、権力に携わる側である。孔子の言う「必ずや名を正さん乎」の逆をいっているわけだ。時々の政策的必要で言葉を濫せば、天に唾するようなもので、必ず自分に返ってきて問題を大きくすることにしかならない。 (12/24/2008)

Topics: 近時片々(時論) | No Comments »

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