スティーブン・ジェラード逮捕を読む:英国式武士道
By Hiroki Kamata | 2008年 12月 30日
リヴァプールFCと英国代表のキャプテン、スティービーGこと、スティーブン・ジェラード(28)が月曜の深夜2時半、自宅に近いサウスポートのナイトクラブで、パートタイムDJ、マーカス・マッギー(34)を殴って喧嘩沙汰を起こし、5人のダチと共に逮捕、9時間にわたり取り調べを受けた。日曜のニューカッスル戦で2得点を挙げ、凱旋した矢先だった。傷害の最高刑は5年の懲役。週給12万ポンド(1500万円)のスター選手の運命は、いまや「被害者」の気持ちしだい?
周知のように、英国は垂直的な社会であり、下層階級は独自の言語と文化、気風を持っている。いくら金があっても、中流に“上昇”しようなんて思わない。その文化の代表がサッカー(とそれに喧嘩)だ。イングランド・サッカーの面白さといえば(最近はおそろしく洗練されてきたとはいえ)ゴールへ向かう直線的なスピード、コンタクトの激しさだろう。ここでレギュラーを張った日本人はいない。つまり、現在の日本とは対極にある。サッカー選手は下層階級のチャンピオンで、セレブではない(ベッカムはヴィクトリアの影響でセレブになったようだが)。つまり、喧嘩っ早いのだ。なかでもビートルズやジェラードの生まれ育ったリヴァプールは、ガラが悪いこと(いや尚武の気風)で知られる。
何に腹を立てたのか? 高級紙タイムズと大衆紙ザ・サン(もちろん後者が詳しい)に目を通したところでは、試合に勝って上機嫌のジェラードが、友人たちと「ラウンジ・イン」に現れた。DJに違う曲をかけてくれるように頼んだところ、「イヤだね」あるいは「ミュージック・ポリシーは変えられない」とニベもない返事。目撃者(もちろん酔客)によれば、「マーカスがジェラードの胸を押したら、ほとんど同時にジェラードの肘がマーカスの口に飛んだ」。ジェラードはそれで数歩後ろに下がったのだが。彼のダチがマーカスの上に折り重なり、一人がビール瓶で頭を殴った。この間わずか10秒もなかったという。すぐにドアマンが駆け込んでマーカス側についたことは言うまでもない。二人の娘の父親であるマーカスは、頭部に4針の裂傷。前歯が折れ、鼻骨骨折の疑い。一流サッカー選手は肘も強い。
英国の大衆紙の取材力はすばらしいもので、目撃者を探し出し、証言を丹念に集めている。衝突の前から雰囲気は最悪だった。マーカスには二人のダチがいて、うち一人がジェラードのダチ一人とガンを飛ばしあっていた。マーカスが仲裁に入り、その場はおさまったかに見えた。しかし、マーカス側のダチが去るとバランスが崩れたのか、マーカスとジェラードが対峙する感じとなり、場の雰囲気は一触即発。上述したきっかけで“キックオフ”となったようだ。その5分前には、険悪な雰囲気を察して店を出る客も。
ジェラードは酔っ払ってはいなかったという。クラブでは引退した弁護士ジョン・ワッツが娘のバーメイド・イブ・ワッツ(35)の誕生パーティを開いていた。「上品な雰囲気で、申し分ないパーティだった。ジェラードと握手してグッドラックと言った。娘の誕生パーティと知るとシャンペンをプレゼントしてくれた。上機嫌だったよ。キックオフの兆候なんてなかった。私がいた時間はね。」この店の謳い文句によると、「ゆったりとして心地よい雰囲気」は、深夜には一変して「ライブミュージックとトップDJによる高級ナイトスポット」となることになっている。
リヴァプールFCのスポークスマンは「とくにコメントは出さない」と言った。ラウンジ・インのオーナー、マック・ナイドゥーも「ノーコメント」。規律を最重視するリヴァプールのベニテス監督もノーコメントだ。たぶん試合に出られない状態になって初めてコメントするのだろう。警察発表では、「月曜午前2時半、署員が混乱状態の現場に急行して暴行の疑いで6名の男を逮捕。年齢はハイトン地区の4名がそれぞれ33、31、29歳。フォームビーの男(つまりスティービー)が28歳、リサーランドのが18歳。…」最初の肘打ちを放ったジェラードはなお取り調べを受けている由。
地元の英雄に堂々とガンを飛ばしたマーカスは(同じ地区のエヴァートンFCのファンかと思ったが)、隣町のマンチェスター・ユナイテッド(マンU)のファン。もしかすると首位を快走するリヴァプールを引き下ろし、現在3位のマンUの連覇に貢献するかも知れない。しかし、それはないだろう。興味深いことに、英国の新聞は、高級紙も大衆紙もジェラードを非難していない。例の、子供の夢を壊しただの、代表の品格が、といったゴタクは皆無だ。そんなことを言えば、神聖なオトコ文化を否定し、英国を喧嘩も戦争もできない国にしたいのか、という非難を浴びるし、そもそも喧嘩(暴力的コミュニケーション)が悪いことだという認識はないのだろう。大衆紙は、ジェラードも、マーカスも、ともに不名誉なことはしなかったことを追跡取材している。まるで「士道の吟味」ではないか。 (12/30/2008)
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