「派遣法」の毒から企業・社会を守る
By admin | 2009年 1月 7日
製造業派遣問題を中心とした「派遣法」見直し論議が、にわかに政治化してきた。「多様な働き方」というこじつけにより、一方的に進められてきた雇用の不安定化政策は、日本社会の基盤をいとも簡単に破壊した。不況が不信を拡大し、社会不安に結びつくようになっては、低開発国も同然で、自律的な成長が困難になる。大不況を脱出するには、社会の全員の協力が不可欠だからだ。法律ももちろんだが、「雇用」とはどのようなものであるべきか、組織と個人との契約という原点に帰って議論する必要があると思う。
放置すれば、日本の孤立と前資本主義への退行が始まる
過去10年間、(韓国を除き)世界に例を見ないほど、「非正規」や「派遣」という労働力が拡大した。実際には日雇い労働者である、名ばかり「社員」を広範に雇用して重要な業務に就かせることにより、企業は人件費の抑制(短期的な利益率の向上)を達成した。労働生産性の向上を伴わない成長であった。しかし、社員を増やさずに生産を拡大できることから、逆に生産設備の増強が安易に行われ、ために世界不況の波をまともに被ることになった。さらに「非正規」という日雇い労働者を路頭に放り出したことにより、大企業は憎しみの対象になってしまった。損失は計り知れない。
「派遣」はまた、労働者の向上の機会を奪った。長期的に見ればこれも企業にとって大変な損失だ。見掛け上損失が生じていないように見えるとすれば、それは現在の「非正規」労働者が、まだ社員と変わらない責任感を持って働いているためである。それも長くは続かないだろう。サボタージュ、内部告発などが蔓延し、企業はその対策にも追われることになり、ロスはさらに大きくなる。低賃金、不定期労働者の増大は、高度成長期に築かれた大衆消費社会を崩壊させる。それが進めば、都市のスラム化、農山村への移住など、市場からの逃走なども起こるだろう。年収100~150万円以下で生活するためには、かなりの程度自給自足状態に戻るしかないからだ。要するに、前資本主義への逆戻りだ。しかし帰るべき村はもうない。
「派遣社員」が社員であれば、「特殊浴場」も公衆浴場だろう。すでに日本の「不安定雇用」は、OECDでも問題とされるまでになっている(「対日経済審査報告書」12月18日)。近視眼の経営者が「派遣」を擁護しても、このまま放置すれば、「安定した雇用から生まれる高品質」という日本製品の対外イメージを損なうだろう。さらに「日本は低賃金の日雇い労働者に作らせた製品を輸出して、海外でも雇用を奪っている」として不買運動でも起こされたらどうなるか。波紋は想像に難くない。枡添厚労相が「いかがなものか」という婉曲表現ながら「派遣法」の見直しに言及したのは、このままでは国内的・国際的に解決困難な問題となりかねないことを危惧したものだろう。
まずヒトに投資を
ただ、「派遣法」を元に戻しても、失われた数百万人の若年雇用は容易に戻ってこないし、企業内に生まれた亀裂の修復も容易ではないだろう。だから、雇用や新規事業の創出につながる公共投資は不可欠だ。EUも米国も、財政赤字問題を棚上げにしても投資を行おうとしている。それがただの「ばらまき」になるかどうかは、中身次第だろう。重要なことは、幻の「景気回復」において実現されなかった労働生産性の向上を実現することだ。それはビジネスモデル、ビジネスプロセスの再構成、ビジネスとITのダイナミックな協調など、マネジメントシステムの現代化を必須とするもので、それなしに「日本の技術力」に期待しても意味はない。日本企業は、つねに高い技術を持ちながら、必ずしも生産性の向上に成功していないのである。
この大不況期は、戦略的成長分野の選定、プロセスや技術の再構成など大胆な取組が必要とされる。マネジメントから現場までのイノベーションには、ITをどれだけ有効に使えるかがカギを握る。単純にワークシェアしたりするのではなく、これまで十分に出来てこなかった「新技術」や「教育」に時間をつかってはどうだろう。社員のスキルアップと連携体制の再構築に投資する企業が、社員、消費者、株主の理解と支援を得られると思う。 (01/06/2008)
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