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スパイスとイノベーション:多様性の食卓的意味

By Hiroki Kamata | 2009年 1月 20日

1月18日の日経新聞「中外時評」は、「多様性の文明的意味」と題して、多様性が持続可能性に結びつく、というテーマを論じている(塩谷喜雄・論説委員)。生物多様性条約の意味を解説したものだが、昨今の日米政治、つまりオバマを大統領としたアメリカと世襲化する日本の比較から始めているのが面白い。異質や異端を抱えていない集団は危機のたびに衰退する、とのこと。筆者のような、絶滅危惧種を含めて存在意義を認めていただけるとしたら幸いである。しかし、「多様化」とか「個性化」というのは1980年代以来の世代的特徴と言われてきたはずである。何をいまさら。

食文化にみる異質性(スパイス)の交流とイノベーション

「多様性」を認めることは簡単だが、異質なものと共存すること、進んでそれらを協調させることは難しい。理念と仕組みを共有しなければならないからだ。日本のように、人々が「同質」を信じて異質性を無視あるいは排除する社会では、まず日本の同質性という神話を捨てないと、「日本対アメリカ(中国、アラブ…世界)」とかいう、いつもの図式を繰り返すだけになる。日本の内なる多様性を認識できないと、「世界の多様性」もステレオタイプを拡張しただけになってしまう。多様性はどこでどうやって生まれ、どうやって協調できるか。それが問題だ。人間は一人一人みな違うが、「日本人」とか「サラリーマン」とか、ある側面を抽出すれば「同質」ともいえる。同質性を強調する場合には、何らかの意図で異質性を捨象しているわけだ。

筆者は、食べることを人生の最大の価値の一つにおいている人間だが、多様性ということで思い浮かべるのは、「スパイス・マーケット」だ。イスタンブールなどが有名だが、昔からアジアから地中海にかけて交易で栄えた都市には大きな市場があり、日本人が知らない種類のスパイスが、百花繚乱のように売り台から溢れるように売られて壮観である。その活況は、築地市場と同様、ツーリストとってもスペクタキュラーなようで、必ず観光ガイドに載っているほど。なぜスパイスがそれほど重要だったのか。

スパイスは、近代に至るまで最も重要な世界的交易品の一つだった。日本人は「絹の道」が好きだが、東西の人々の生活に密着した「香料の道」はその比ではなかった。とくに海上交易では、圧倒的に「香料の道」が経済的にも文化的にも大きな意味を持っていた。スパイスの移動距離はすごい。新しい土地に運ばれると様々な料理と溶け合う。土地の素材と出会い、組合わせと配合が変わることで大きな変化が生まれ、地方の味、家庭の味を生み出す。スパイスが(食べることに関心がある)人々の創造姓を刺激し、多様性が生まれるのである。南米原産の唐辛子のない時代のインド料理や四川料理、韓国料理を想像できるだろうか? スパイスは、料理におけるストレンジャーであり、イノベーションの父なのだ。スパイスは偉大なり。

混ぜる文化を目指せ:異質性がなければ調和もない

スパイス(香辛料)は味や香り、色に変化を生み、同時に様々な薬理効果を持つ。もちろん日本にも伝統的にあるが、新鮮な素材が得られ、鎖国が長かったせいか、種類は非常に少なく、多く使われるようになったのは主に第二次世界大戦後である。まずカレー、次いでエスニック、あるいはイタリアンのブーム(外食としての受容)を通じて徐々に広まってはきたが、まだ1世紀もたっていない。食文化の保守性を考えると、家庭料理でスパイスを使いこなす段階にはまだ足りない。

そしてスパイスを使いこなすには、文化的・心理的な壁を超える必要がある。日本の食文化は、奥は深いが間口を無用に狭めているところがあり、それによって実質的には衰退につながっていると思われるからだ。一つは過度の(あるいは見当違いの)「素材信仰」であり、二つ目は混ぜることを嫌う「純粋主義」、三つ目は臆病なまでの「想像力の欠如」だ。この三つによって、高級レストラン志向、ブランド志向の理想的な「消費者」が再生産されているが、食文化の基礎であるべき家庭の創造性はますます衰退している。これではスパイスは使えない。マーケットも小さいので、値段も異常に高くなる。インド料理や東南アジア料理など、スパイスさえ安価に入手できれば家庭で手軽に楽しめるようになる者ばかりだ。

ツールとしてのスパイスを使い方法とは、個々に強烈な「個性」を持つスパイスの配合の妙、素材とのバランスの妙、調理法との組合せの妙ということになるだろうか。その集大成が各国(地域)料理であるが、水平的・垂直的なバリエーションは無数にある。理想的には、一流レストラン、街の食堂、家庭料理など、バリエーションを味わいながら、我が家の味を追求できれば最高だが、それらを参照しつつ、トライするのが楽しい。家族や親しい人に批評してもらいながら、実験と創造を繰り返せば、イノベーションというものを追体験できる。

論語には「君子は和して同ぜず」という言葉がある。孔子は音楽を調和の最高形態とみたが、現実的な晏子は調和を料理に譬えて主君を諌めた逸話が伝えられている。「“和”というのはスープを作ることで譬えれば、水と火、酢・塩・梅等を用いて魚・肉を煮込み、調理人がこれを塩梅する。異質を巧みに調和させるのを“和”というのであって、付和雷同の“同”とは違う…」(晏子春秋
料理は君子を育てる!?

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