「インド人には難しいことを」インド式思考法と日本式思考法
By Hiroki Kamata | 2009年 1月 24日
先日、NHKが放送した「インド・ビジネス界で注目される”日本式思考法”」という番組を見た。ITに比べて製造業の発展が遅れているインドのビジネスエリートに、日本式経営を伝授する試みを紹介していた。文化はテクノロジーの比較優位と関係がある。論理思考重視のインドがソフトウェアに強いのは自然だ。他方、現場とチームワークを重視する日本は、製造業で一時代を築いてきた。では、製造業がますますIT化していくとどうなるか。
番組では「人の意見を聞かずにひたすらしゃべり続ける」インド人に、「人の意見を聞き、実践通じて改善に結びつける」ことを教えている日本人の大学教授を紹介していた。たしかに思い当たることが多い。アメリカの大学教授の間では「インド人の学生に黙らせること、日本人の学生に話させること」が難事とされているという。しかし、私の知る限り、必ずしも「人の意見を聞かない」という印象はない。ただ、黙っている相手が話し出すのを辛抱強く待ったり、相手に話し易い雰囲気をつくるといったサービスの習慣がないだけだ(言いたいことがあれば黙ってはいない文化なので)。だから「人の意見を聞かずに」という大方の日本人の印象は、すこし斟酌してみる必要がある。
おもしろかったのは、ゲストのインド人サンジーヴ・スィンハ氏が、まことに爽やかに「インド人は議論しないと気が済まないですが、それを変えようとするより、長所を生かしたほうがいい。つまり経営やデザインでは『なぜ』を議論しないといけないのでインド人は得意です」という趣旨を述べていた。ん? ということは、経営や設計はインド人に任せ、日本人はチームワークよく製造現場で汗を流し、得意先や消費者の苦情に耳を傾けるのがよいということか。
たしかに「国際分業」だの「比較優位」だのという御託宣を素直に受け容れるならば、バリューチェーンとしてはそれがよいのかもしれない。「日本の技術は優秀」であるはずなのに結果が伴わないとしたら、経営やマーケティング、設計がまずいということになるだろう。日本人の経営者や設計者にガラパゴスの発想しかできないとすれば、「なぜ」という議論を積み重ねて論理的に考えられるインド人に任せるのもテかもしれない。それに議論なら中国人や韓国人も負けていない。
だが、経営をアウトソーシング (!) しないと日本の優位を生かせない (?) としたらいったいどういうことになるのだろう。経営環境がグローバルに複雑化し、製品や製造、マーケティングにおけるITの比重が大きくなるほど、日本の製造業の優位は低下してきた。組込みソフトウェアについていえば、インド人はまずプログラミングを受託しながらも、モデリングによって設計情報を汎用化し再利用可能にする(リヴァースエンジニアリング)ことに取り組んでいる。設計のほうが付加価値が高く、しかも日本のメーカーは要求や設計の記述に弱いために、微妙な情報を入手できるからである。スィンハ氏も「インド人には難しいこと、チャレンジングなことを任せるといいです」とあっけらかんと言っていた。
円高というアドバンテージがなくなった今、苦手を克服できないと、上述したようにおかしなことになってしまう。インドから学ぶ必要があるのは計算法だけではない。 (01/24/2009)
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