「国家IT戦略」のための私的ノート (1):目的なくして戦略なし
By Hiroki Kamata | 2009年 2月 22日
2月10日付本欄で紹介した政府の「IT戦略」へのパブリックコメントの締切は、22日17時だった。知った時には既にj時刻は22時を過ぎていたので、読者には「パブリック」ではない「プライベート」なお話を、シリーズに分けてお届けすることでご勘弁を。
「元は軍事用語であり、戦略とは、目標または目的を効果的に達成するための大規模かつ長期的な方法で,戦争の総合的な準備,計画,運用の方法をいう。」(平凡社・世界大百科事典)
「戦略は特定の目標達成のために総合的な調整を通じて力と資源を効果的に運用する技術・理論である。」(Wikipedia)
戦略とは巨大なシステムである。目的と評価がないと機能しない
国家あるいは企業など、競争的環境での存続/発展を義務づけられた主体にとって、戦略は命運を左右する目的・目標・手段を定義するもので、達成が要求され、厳しく評価されるものです。目的を導く前提としては Philosophy や Doctrine があり、これらは「なぜ・何を」なすべきかを規定します。たとえば、企業ならば、ステークホルダーとの関係、社会との関係、イノベーション、成長、利益、サステナビリティといった異なる座標軸の中での立ち位置を決める必要があります。いずれにせよ、目的が明確でないと戦略は定まりません。また例えば一時流行した「選択と集中」を戦略として採用するとしても、それによって達成する内容とその妥当性についてステークホルダーの理解と支持が得られていないと、立ち位置の認識が混乱し、戦略の実現すら困難になるでしょう。
戦略とは一つの巨大なシステムであり、構築のための課題と解決、そしてパフォーマンスを最適化するための運用方法などを含みます。戦略は戦争(マクロ)を対象とし、戦術は戦闘(ミクロ)を対象とするものですが、戦闘の総和が戦争とはならないように、戦略と戦術の違いは規模や期間だけではない、本質的なものです。放っておいても、従来の延長で頑張ればなんとかなりそうな時には戦略など不要です。日本は、1980年代に欧米へのキャッチアップを達成した時点で、産業的・社会的な戦略の必要が議論され、1990年代には国際的な戦略の必要が議論されました。「独自の戦略を」と言われたのですが、「独自」でなければ戦略の必要はありません。それは戦略の前提となる目的が独自のものだからです。
何を解決しなくてはならないのか
ITは、もはやユーザーや応用の現場である産業、社会、生活と区別できない存在となりました。どんなITを目指すかは、どんな社会を目指すのかと区別できません。ITはますます複雑化し、その複雑化によって、あらゆるレベルで大きな問題を生じています。価値を生む一方で損失も生むことは、「幾多のシステム障害」や「動かないシステム」でも明らかです。IT戦略は、これらの問題に対してアプローチするものでなければ、未来に責任を負うものとはならないでしょう。
1990年前後まで(あるいはそれ以後も)日本は「電子立国」を自任していました。当時のITの主流は、製造業における電子デバイスおよび電子機器でしたが、それらは関係者の努力だけで自然に発展し、欧米に対する優位を獲得できていたので、戦略の必要性が感じられているようには見えませんでした。ただ、米国で急成長したソフトウェアになぜ太刀打ちできないのかを気にしていた人がいただけです。政府やメディアは、「日本のハードウェアと米国のソフトウェアの棲み分け」で納得していたのではないでしょうか。日本のソフトウェアビジネスは「言語の壁」で護られており、米国企業が直接市場をコントロールすることは難しかったからです。
それ以後に起きたことは、ハードウェアのデバイス化、サービスのソフトウェア化、ソフトウェアのコモディティ化による、ITビジネスでのソフトウェアの最終的優位の確立でした。インターネットの普及はますますその傾向を強めていきました。90年代前半には日本のIT産業の長期低落が決定的になったと思います。実際には、問題はIT産業にとどまらず、全産業に拡大ししつつあったわけです。簡単に言えば、
- ITにおける付加価値の大部分がソフトウェアで実現されるようになった
- 全製造業、サービス業、社会インフラ、国民生活がITに依存するようになった
- すべてはソフトウェアにかかっているが、それは日本が最も不得手な領域である
ソフトウェアを何とかしない限り、戦略などありえません。ところが、問題の根源が何であったのかを問わないまま、ITバブルに煽られて生まれたのが「e-Japan」戦略であったように思われます。現実の先頭に負け続け、国家としての戦略的なポジションが悪化を始めているのに、能天気にバラ色の未来を語っていた印象です。その後、半導体の競争力はしだいに衰え、携帯電話のような重要な製品でも世界市場では敗れました。製造業の生産性も伸びていません。最近終わった「戦後最長景気」は、円安と労働分配率の低下を前提としたものでした。いま技術のトレンドがソフト中心となるにつれて、日本の競争力は失われています。不況脱出も、雇用も所得も、ソフトウェアにかかっているのです。
いま、戦略がもとめられています。それは「ITによって日本を再び成長軌道に乗せるための戦略」と、そのために「IT産業が主導的な役割を果たせるようにする戦略」の2つに分けて考える必要があると思います。私見では、前者においては、情報や知恵をモデル化することが大きなテーマとなり、後者では、モデルを実現することがテーマとなると考えています。これらについては、あらためてお話しましょう。 (02/22/2009)
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