日本的“法令遵守”には殺虫剤より環境改善
By Hiroki Kamata | 2009年 3月 3日
米国での違法行為が、個人の意思で個人の利益のために行われる単発的な行為、つまり「ムシ(害虫)型」が多いのに対して、日本での違法行為の多くは、組織の利益を主たる目的にして、継続的・恒常的に行われる「カビ型」だ。ムシ型は、その個人に厳しい制裁を科すという「殺虫剤の散布」で十分だが、カビ型違法行為は、その全体像を明らかにして原因となっている構造的問題を解明する「湿気や汚れの除去」をしなければ本当の解決にはならない。 「『年金改ざん』批判は根拠のない『空中楼閣」』」 郷原 信郎、日経ビジネスオンライン、3月2日、
弁護士の郷原氏の「会社をダメにする“法令遵守”」という連載中の記事から、縷々引用させていただいたが、社会問題となっている「社保庁職員による年金改竄」問題を取り上げた今回のこの言葉は、ズシリと重い。筆者はカビという菌類ではなく、せめて白蟻やダンゴムシのような生き物を想定していたのだが、カビというとさらに哀しい。つまり、能動性からではなく、ただ「湿気や汚れ」と同調するあまりにカビに身を落とし、結果的に悪をなしてしまうというのだ。郷原氏は、厚生労働大臣直属の調査委員会の委員として、「年金改ざん問題」の調査に加わり。その結果、本件での社保庁職員への非難はほとんど根拠のない、と結論づけている。職員を断罪するための委員会で少数意見を述べる勇気には敬服する(論点の詳細は記事参照)。
つまり、「法令」そのものが現実を無視しているがあるために、そのまま執行したのでは行政(社会)がマヒしてしまう。そのため次善、次次善…とやっていくうちにカビと化してしまうということである。ほんらい法治国家なら、法律の文字通りの執行が現実的に不可能である場合は、その解決も適法な方法で考える。つまり立法府や司法府に仕事をさせる以外に方法はない。行政の責任範囲のことを果たせばよいのであって、とくに執行の現場に超法規的措置を導入して全体の辻褄を合わせるようなことをすれば、システムとしての法秩序が維持できなくなる。「辻褄」は、もちろんその場しのぎであって、時間とともに、あるいは他のシステムとの関係で、より大きな問題を生むのは必然だ。日本の行政は、「政治」の介入を嫌うあまり、あるいは「法律」(の機能より形式)を尊重するあまり、行政と法律との関係を、自ら壊してしまう。その結果、遠ざけてきた「政治」から復讐を受ける。
法令遵守が意味を成さない時、近代社会は法の根拠となるもの(憲法)にさかのぼり、あるいはそれをも超える社会的価値にさかのぼって、現実的、合法的な解決を「政治的」プロセスとしてつくりだす(というのがタテマエだ)。民主主義はそのことを前提とした制度だ。われわれは中国のことを「法治」ではなく「人治」であると言って批判するが、既存の法律だけで現実にうまく対応できない時に、(何らかの価値観を信じる)強い個人が決断するのが中国、法律を名ばかりのものにして、行政組織がなんとか辻褄を合わせるのが日本であるとすれば、(法治から離れるという点で)その弊は似たり寄ったりと言うしかない。
法令遵守は、ビジネスの透明姓を高めるために不可欠なコンセプトだと思う。これがないと市場が成り立たないくらいだし、ロジカルなものなら、いくら複雑でもITを導入して管理、自動化できる。しかし、法令そのものはたえずメンテナンスを必要とする。第2次大戦中に(戦費調達を主たる目的にして)生まれた年金制度などはその最たるものだし、談合や建築確認、会計基準などもそうだ。市場を成り立たせるための法令を、たんなるフィクションとして維持しているのであれば、“法令遵守”が「会社をダメにする」というのもうなずける。
日本に限らず、現在の社会システムは、あらゆる国で「現実」と齟齬をきたしている。それをどのように(問題を共有し、合意を形成しつつ、より良い方向に)変えていけるかどうかが、国として問われている。システムをつくり変えるには、ITの場合と同様、継承性、維持性を達成しながら、もろもろの課題に応えられるシステムを設計し、実行における最適化やフィードバックのためのインタフェースを組み込む以外にない。その際、より高次元の目的・目標にさかのぼった視点をもてないと、他のシステム(政策)との連携がとれない。議論ができない社会、民主主義のシステムを問題解決に役立たせられない社会は、時に「人治」(政治としては分かりやすい)に劣ることがある。
官僚は行政のプロフェッショナルであり、エンジニアであって統治者ではない。官僚を悪者にすれば、悪い官僚(つまり組織としての悪=官僚主義)をはびこらせることになる。郷原氏も言うように、カビを取り除くには、害虫駆除と同じ方法ではできない。犯人探しではなく、環境を改善するしかないのだ。そしてふだんから陽光のあたる、風通しの良いところで議論しておけばよい。そんなにむずかしいだろうか。 (03/02/2009)
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