技術を超えた「デザイン」:ソニーに求めるもの
By Hiroki Kamata | 2009年 3月 15日
「お客様は、オープン技術を採用し、多機能でネットワークサービスに対応した製品と、皆で楽しみを共有でき、環境にも配慮した豊かな顧客体験を求めています」(ソニー・ストリンガー会長兼CEO)
「そもそも、この会長兼新社長には果たしてソニーへの愛情があるのであろうか。(中略)確かにソニーという会社の弱点をあれこれ冷静に分析する術には長けているが、ソニーという会社を心から愛しているという熱いメッセージは、少なくとも私には伝わってこない。」 NIKKEI IT+PLUS 3/13 「ストリンガー氏のソニー再建計画に異議あり」
グローバル化はコースにすぎず解ではない
デジタルメディア研究家の麻倉怜士氏は、やはりソニーには熱くなる。会長の「愛情」を問う気持ちはよく分かる。ソニーには「何といっても独自の提案力、独自の技術力、独自のものづくりの力、といったソニーならではの力の集積こそ必要だ。」というのも同感。麻倉氏が言うように、オープン化、サービス化、水平分業化というのは、コースの選択であって解ではないからだ。ただ、会長もそのことは分かっていると思う。会長が変えようとしているのは、「豊かな顧客体験」のデザインよりも、もっぱらハイスペックなモノづくりにこだわる体質であろう。
「豊かな顧客体験」というのを実体化するのはとてもむずかしい。言葉にしてもほとんど意味がない。ストリンガーはジョブズのような宗教的指導者ではない。経営者としては、ソニーの中心でソニーを愛する(と百回叫ぶ)よりは、ソニーが顧客に愛される方法を考えなければならない立場だ。大衆消費社会で顧客に愛されるためには、顧客を愛せなくてもいいかもしれないが、少なくとも「愛」を表現する手段を知っていないといけない。それはつねにゼロから「マーケット」を考え、創り、試行錯誤していくしかない。「自己愛」は愛されなくなる。
ソニーはその歴史において「豊かな顧客体験」を何回も実現してきた偉大な企業だ。それは技術と市場のマッチングを、ソニーなりの感覚でデザインできていたということを意味する。「軽薄短小」で「高品質」「クール」な製品を通して、人々にユニークな価値をもたらしてきた。もちろん「技術」に支えられていたが、それを「豊かな顧客体験」として実現するには、技術だけでない総合的な「デザイン」のセンスが優れていなければできない。
モノよりユーザー:「豊かな顧客体験」をどう実現するか
技術と市場のマッチングの条件は、時代とともに変わる。「変わらないものは変化だけ」というわけだ。ソニーの(そして多くの日本企業の)錯覚は、自らの「技術」と「デザイン」を不可侵な価値として神棚に上げてしまったことだろう。 “It’s a Sony” が葵の御紋になってしまっても、メディアは(広告費さえ貰えればいいので)「水戸黄門」よろしく何十年もシリーズ化できるほうがいい。エクセレント・カンパニーはこうしてスポイルされた。自己の神格化、関係の絶対化が一世代以上続けば、「豊かな顧客体験」ではなく、そちらのほうが「伝統」となる。これは「慢心」と同じで、いくら現場が弛まず努力を続けても、市場とのミスマッチは拡大してしまう。
「慢心」は気の弛みだと考えられている。ソニーのような企業にはそれは当てはまらない。努力が結果に結びつないのに、方向を変えずに頑張り、さらに「原点」に戻ろうとして無理な筋トレに励むスポーツ選手のようなものだ。QUALIA など、見ていて痛々しかった。麻倉氏は、「これぞユーザーが望んでいるというものを」7つ挙げているが、192kHz/24bit の超高音質配信とか、有機ELのシアターテレビなど、いずれもハイスペック=ハイクォリティを求めるもの。筆者も大好きで、もちろん悪くないが、5年以内にビジネスとして成り立つとは思えない。
ネットワーク時代の「豊かな顧客体験」は、ハードウェア、ソフトウェア、コンテンツ、ユーザーインタフェース、それにサービスの5つで実現される、と筆者は考える。そのためにオープン化、サービス化、水平分業化は避けて通れない。その逆をいけばリスクは途方もなく大きくなるからだ。ただ、こうしたグローバルなプラットフォームでは、「独自」性をどこでどうやって出すかが自明ではない。かつてのソニー製品には、良質な「日本(的伝統)」があり、それが世界に評価された。その後のグローバル化で脱日本化し、あらゆるビジネスをやり始めた。日本的センスを背景にした「豊かな顧客体験」をなおざりにして、カネを追い求めるように見えた。これは経営者(株主)が決めたことで、社員にはどうしようもなかった。いま「豊かな顧客体験」を約束する会長のもとで、社員は苦闘している。結果を期待したい。
「凡そ戦いという者は、正を以て合し、奇を以て勝つ。故に善く奇を出だす者は、窮まりなきこと天地の如く、竭(つ)きざること江河の如し。」(孫子)
(03/15/2009)
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