インドの夢が世界を変える!?:タタの世界戦略車 Nano
By admin | 2009年 3月 25日
長いこと成熟産業として、恐竜どうしの最後の戦いばかりが目立っていた自動車産業だが、インドのタタや非内燃機関系エンジン、ビッグスリー復活の成否、中国・韓国の躍進等々。気が付けば、活気が失われてきたITなどより、はるかにダイナミックな様相を呈している。私見では、そもそもヒトやモノのモビリティは、社会活動の原動力で、「意味」や「伝達」を扱うICTばかりが前面に出てくるようでは、資本主義的にはまずい。ICTは金融のようにリアルな活動の間の「つなぎ」に徹していなければバブルとなる。前置きが長くなったが、タタ・モーターズの話題の「20万円車」Nano(ナノ)がいよいよ4月に発売となる。ラタン・タタはすでにジャガーとローバーという2つの高級車ブランドを持っているが、それは Nano に比べたらエピソードにすぎない。すばらしい車だが、世界を変えるものではないからだ。
インド車が世界をリードする?
困ったことに、Nanoについての扱いは、日本のメディアでは小さい。日本とは(当分)関係ないだろうとも見られている。しかし日本の自動車産業(というか日本の産業的将来)は、Nanoの成否にだいぶ影響されるだろう。世界のメディアと自動車産業は、いま固唾を呑んで、インドでの壮大な実験を見つめている。成功すれば、ルノー-日産連合、ホンダやスズキなども続くことになる。さらに、Nano が満足すべきパフォーマンスと保守性を達成すれば、欧米(そして日本)の消費者も黙っていない。経済的に四輪車を持てない人々は増えており、彼らは「気に入った車がないから」ではなく、単純にカネがないから買えないだけなのだ。すでにタタは2011年に世界最安車 Nano の欧米仕様車をリリースする意思を表明している (The Times 2/26)。
Nano は、全長3.1m、全幅1.5m、33馬力エンジンで、リッター20kmを走る。初期バージョンはマニュアル・トランスミッションになる。ドライビングの評価は、「ゴルフカートじゃなくて、本物の自動車のようだった」という。「鹿にぶつかったら、鹿に乗って仕事に向かうことになる」などというジョークも飛んでいるが、期待は不安説を圧倒する。明らかに市中走行用で、高速走行には適さないが、インドではそもそも自動車専用道路が少ないから問題ではない。受注残はすでにかなりあるが、生産計画の遅れで、今年は3万5,000台の販売にとどまると見られている。
Nano を設計したのは、タタ会長と同郷の37歳の若いエンジニア、ギリッシュ・ワフ (Girish Wagh)。マハラシュトラ工科大学 (プネ)で機械工学を専攻した俊才という。500人のチームを率い、設計にあたったが、10万ルピー (約2000ドル)という販売価格以外、何も決まっていない状態から仕様を決めていくというのは、現代の自動車設計史上、例はあるだろうか。問題は、増産とコスト削減(サプライチェーンの確立と改善)、サービス・ネットワークの構築などだろう。設計上のチャレンジも、安定性とともに、部品点数の削減、組立・保守の容易さといったことだった。試乗評価、第三者機関でのテストなどによって、彼の設計が最終的に評価されることになるだろう。
タタ会長の原風景
その昔、インドの自動車市場は高い輸入関税で保護されていて、筆者もカルカッタ市街で、ヒンドスタン・モーター製の「アンバサダー」という1950年代英国調のタクシーが濛々たる黒煙を上げて道を走っていたのを見たことがある。「国産車」が誇りだったが、金持ちは外車に流れ、中流の手も届かない、その中間の市場しかない印象だった。
ラタン・タタ会長の脳裏には、オートバイに家族4人が必死にしがみついて移動する、インドの風景があるという。インドの平均的家族の手が届く四輪車をつくって安全で快適なドライブを楽しませてあげたい。これは設計者や社員全員の気持ちでもある。気持ちが一つになる時には、とてつもないことが出来たりするし、困難を克服し、世界の支持と賞賛を得ることも可能になる。資本主義がすばらしく見えるのは、市場に本物の競争がもたらされ、働く人と買う人の気持ちが一つになり、無視されてきた消費者の「夢」が現実となる時だろう。こんな時代だからこそ、タタの挑戦はぜひ成功してほしい。 (03/25/2009)
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