電子出版2.0+ 事始め:ユーザーにとっての価値の発見
By Hiroki Kamata | 2009年 3月 30日
印刷された本は、モノとしてみる限り最も完成された存在であり、その価値は将来ともに失われることはない。しかし、工芸品と工業製品の二面を持つ本は、中身と容器が一体で融通性に欠け、そのため最近の「情報社会」では粗略に扱われ、資源を浪費し、それにより何よりも文化を支える力を弱めている。出版が絶滅危惧種のように言われるのは、堪え難い。孔子ではないが、こう叫びたくなる(オリジナルは論語・子罕第九)。
「天之将喪斯本也、後死者不得与於斯文也。天之未喪斯文也、網絡其如本何」 (=天の将に斯の本を喪ぼさんとするや、後死の者斯の文に与かることを得ざるなり。天の未だ斯の文を喪ぼさざるや、網絡(インターネット)其れ本を如何。
余曰く。電子を召し使うは余の儀にあらず、利便性是也 。
本は最も安い工芸品。なら電子ブックは二級市民か
電子出版とその産物である電子ブックの意味とはいったいなんだろう。印刷しなくても読めるということだろうか。しかし、画面表示がどれだけ鮮明になっても、絶対に紙には及ばない。印刷物は自然光で読め、携帯に便利で、1冊の単価はそう高くはない。何よりもその質感は、書棚を飾るものともなる。内容・編集・印刷・装丁のすべてが満足すべきものであれば、それは(工業製品であるにもかかわらず)工芸品に近く、本より電子ブックを選ぶ理由はまず考えられない。シナイの石版よろしく、大事そうに「電子ブック」を読む姿は滑稽ですらある。
ではコストだろうか。たしかに印刷コストは、製作冊数にもよるが、出版コストの約3分の1を占める。流通コストを含めれば3分の2あまりにもなる。電子ファイル(のまま)で販売できれば、出版社には悪い話ではないように見える。読者は高価なリーダーで、あるいはPCやモバイルにダウンロードして読むわけだ。しかし、読者は印刷物の価値を失う。いくらお得ですと言われても、それは印刷版が存在しての話だ。出版社の側では、両方を提供するとなると、印刷版の量産効果が失われ、コストは高くなる。増刷分や絶版本だけを電子ファイルで売る以外は、当面のメリットはない。さらに、日本でのみ重大なことだが、流通の問題が生じる(これについては後述)。
いずれにせよ、単純にタイトル(コンテンツ)を購入して読むということにおいては、出版社にとっても読者にとっても、メリットは大きくはないということだ。印刷された本は素晴らしいもので、その価値は未来永劫変わることはない。部数と価格などの関係で、印刷版として成立しなかったボツ企画の素材は、自然に電子ファイルとなって出回るだろうが、これは出版社を通さず、ネット上に(ほとんどが無償で)自主流通される可能性が高いし、事実そうなっている。ボツ企画がネット上の怨霊となって出版社を苦しめる、よく見る図だ。
では、電子ファイルは出版界の二級市民として、「早い・安い・まずい」部分だけを受け持つのか。便所の落書きと揶揄されながら、確実に第4のメディアとして定着していった「ネット」のように。
物理的制約を超えたネット上のノンストップ体験(環境)
結果はすでに欧米では証明済みだが、電子ブックは二級市民ではない。なぜか。それは電子ブックリーダーがよくなったから(だけ)でもないし、タイトルが数十万点に達したから(だけ)でもない。それらすべてを足したものでさえない。何かといえば、ネット上の「利便性体験」である。読者は何かの情報を得て、本(雑誌記事)が読みたくなり、音楽が聞きたくなる。それはどこかのホームページかもしれないし、友人とのメールかもしれないし、DMかもしれないが、インターネットで得る機会はますます増えている。そして、情報を得たらすぐにそれを見たくなるし、一部はすぐに欲しくなる。これは一連の行動であって、中断されたら忘れる可能性が高い。
こうしたノンストップの体験は、もちろん図書館や大型書店で得られていた(その場合は本→本)ものでもあるが、インターネットのスピードと情報量は圧倒的だ。ある情報を求めた人は、同じ環境で関連する他の情報を求める可能性が高いだろう。アマゾンのインターネット通販、配信を完全に電子化したアップルの iPod は、この「体験」の提供において、他を圧倒していたから成功していたのである。因みに一連の体験の中で、「立ち読み」は最も重要な部分を占める。前書き、目次、各章の出だしなどをぱらぱらと見て、買ったり買わなかったりする。よほど懐に余裕でもないと、衝動買いは高くつくからだ。また、両社の成功において、顧客管理からロジスティクス、そして何よりもユーザーインタフェース(UI)までの一連のシステムとオペレーションが優れていたことは言うまでもない。そしてここでも、バックエンドにおける「ワンストップ」の環境がある。こういうシステムからは、すぐに役立つビジネスインテリジェンス(BI)が得やすい。
アマゾンが Kindle でやったことは、ウェブのナビゲーションの延長で、ノンストップでコンテンツにたどりつける「環境」だった。そのために電話会社と提携して、無線通信サービスをユーザーに通信料無料でバンドルした。何よりも、ノンストップ体験を重視したのである。これはコロンブスの卵のようなものかもしれない。すべての偉大な発見と同じく。誰でも真似ができる。しかし、ノンストップは利便性の入口にすぎない。これからの電子出版ビジネスは、ユーザーに対して、インターネットの提供するどのようなサービスと結びつけて、新しい(しかしあくまで自然な)経験を設計できるかの勝負となる。電子ブックはコンテンツの市場を拡大する以上に、新たにサービスの市場を創造するだろう。それが電子出版のもう一つの大きな意味なのである。
ユーザーはコンテンツにはカネを払わないという神話がある。たしかにコンテンツには払わないかもしれないが、「利便性体験」があれば惜しみなくカネを出すことが証明された(人が高い電話料を払うのもそれだ)。ユーザーによる発見によって、すべてはよい方向に回り始める。コンテンツは利便性と結びついて体験となり習慣となる。コンテンツは増え、新しいコンテクストができ始めるのだ。 (03/30/2009)
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