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電子出版2.0+ 事始め:「出版」物の価値とは何か?

By Hiroki Kamata | 2009年 4月 1日

ptolemy_i_soter_louvre_ma849出版を書籍や雑誌など、紙に印刷(記録)された情報としてしか考えられない人は、モノにとらわれて内容や機能を見ていない。本が売れない、と嘆くより前に、そこに記録された内容には、誰にとって、どんな潜在的価値があるのか、どうやればその価値を実現し最大化できるのかを考えるべきだろう。「価値」を決めるのは、コンテンツとそれを必要とする人間をめぐる諸関係(コンテクスト)である。コンテクストを知るものは、コンテンツを安値で仕入れ、高値で売ることで必ず利益を出せる。安値で多く売っても利益を出せる。日本では「コンテンツ産業」の振興が重視されているが、コンテクストを知らないと他人を儲けさせるだけに終わる。最大の「他人」は、さしあたって Google だろう。

電子図書館がなぜカネになるか

kirtas_apt_bookscan_1200_-_01図書館が儲かる商売になる、などとは誰も考えないかもしれない。そもそも人気のあるところでもないし、あの雰囲気がなじめない人は多い。しかし、Google の Google Books Library Project、マイクロソフトやYahooが推進する Open Content Alliance など、「検索サービス」の大手はいずれも書籍コンテンツの収集に熱心だ。Google の Book Search は、書籍内の全文を対象に検索を行なうことができ、検索結果として表示された書籍の内容の一部(著作権切れの書籍であれば全ページ)が表示される。著作権保護期間が存続している書籍は、書籍の一部がプレビュー表示され、同時に書籍販売サイトへのリンクが表示される。(写真は自動ブックスキャナ=Wikipedia)

ここで重要なことは、著作権の存続如何にかかわらず、すべてを図書館に収めることである。さもないとただの書籍販売情報サイト(つまりアマゾン)になってしまう。広告収入や販売手数料もあまり期待できない。広い「コンテクスト」を知るためには、ユニバーサルな環境が不可欠である。Book Search の傾向、検索語、ダウンロードされたコンテンツのデータは、ビジネスインテリジェンスの手法で解析され、マーケティングと結びつけられる。本のコンテンツは、通常のウェブに存在するページや文書の情報とは性格が異なる。ユーザーが必要としているものが情報ではなく知識だからだ。ライブラリで得られる情報と検索サービスで得られる情報を総合することもできる。広告の効率・効果は、通常の検索付き広告とは比較にならないだろう。

例えば、本ブログに付けたアマゾンの「記事内容連動広告」を、筆者はどれだけ賢い(あるいはその逆)かをチェックしつつ見ているのだが、いっこうに賢くはならず、笑いを提供してくれる。Google はより多くのコンテクストを掴むことで、より情報の「価値」を知るわけである。こういうことは、大きく網を打って根こそぎ捕まえ、数学から情報学、社会学までの専門知識をもとに開発した解析モデルで分析して得た答えを改良して得られる。Google が(世界中の本だけでなく)世界中の頭脳を集めようとするのはそのためである。コンテクストの前では、コンテンツは色褪せる。コンテクストには温かみも何もないが、情報を超えたメタ情報によってコンテンツの世界を支配する。

本に詰まっている「知識」を引っ張り出してみる

言うまでもないかもしれないが、本には知識(としての情報)が詰まっている。精製された情報なのだ。関係者の合意によって企画され、著者が書き、編集・校訂の手が入り、出版社から日付を持って刊行された、という事実は(出版社が軽くても)かなり重たい。これをインターネット上の情報(例えばこの記事)と比べたらよく分かる。そんな手続きが要らないのはいいが、品質の保証は何もない。とりあえず読んでいただきたいというだけのことだ。不揮発性の記憶に対する揮発性の記憶といってもいい。本は何十年たっても読まれることがあるし、誇りにもなれば恥にもなる。よほど優れたものは著作権が切れても残るだろう。

本の中の知識は「構造化」されている。いちばん分かりやすいのは目次構造で、ふつうはテーマに関するさまざまな視点や、結論に至るプロセスや背景などが示されている。ツリー構造になっているものが多いが、この構造だけでもテーマを論じるためのメタ知識が前提されている。そして、記述の参考とした書籍やデータなどの「出典」が示され、重要な用語には索引が付いている。多くは「参考」となる写真や図、年表や地図が付いているが、指示情報も重要だ。よく出来た本は、一つのシステムであり、それは自己完結的なものではなく、他のシステムとの関係を明示している。

紙の上での本は、この構造を表現すべく、何世紀もかけて技術を進化させてきた。構造を示す「レイアウト」は、紙の上での最良のユーザーインタフェースである。因みに、市場最初に「レイアウト」を使ったことが確認されている人物はユリウス・カエサルで、「ガリア戦記」に使ったとされている。印刷技術としては、15世紀ヴェネツィアのアルドゥス・マヌティウスの考案した、サイズとスタイルの異なる可動活字。これで内容を構造化することが可能となり、ポータブルなものになった。エディトリアルデザイナーは、内容と構造の最適な組み合わせを視覚化し、読者の読解を助ける。こうして、本には構造と表現という2種類のコンテクストが存在している。そしてそのコンテクストを操作することによって、より多くのコンテクストを把握し、再構成して新たな価値を産みだすこともできる。

本はコンテクストの複合体であり、新たなコンテクストをつくる

本の知識は高度に社会的である。人々の関心と活動を反映している。自己満足のための落書きは(ないことはないが)まずない。知識を構造化し表現するには、他人の知識を拝借しないと出来ない。だから、ある知識には必ず、タテ(歴史・時間)、ヨコ(テーマ領域)のコンテクストがあり、また被引用者、称賛や非難の対象としてヒトというコンテクストもある。一冊の本を書くためには、必ず凡例となるメタ情報があるのだ。そこから紐づいている情報を手繰れば、知識を再利用し、再構築するのに役立つだろう。

人間社会が続く限り、コンテクストは発展・変化・分岐するが、それによって関連する「知識」の位置づけは変わる。長いスパンで蓄積された幅広い知識を利用するために、思想家や科学者は図書館に籠った。能う限りの知識をロードするためであり、それにより新しいコンテクストを発見しようと苦闘した。しかしいま、電子図書館は彼らの頭脳と記憶力がなくても、その真似ごとをしたい人間に最大限の支援をしてくれる。そして Googleはその関心と活動を知ることになるだろう。

ancientlibraryalexエジプト・プトレマイオス朝時代のアレクサンドリアには、蔵書70万巻と言われる巨大な図書館があり、王(プトレマイオス1世=冒頭の写真)は万金を費やして蔵書を増やした。入港した船から書物を没収し、写本を返して原本を残すという強引なやり方までして「知識」を集めた。図書館があれば頭脳が集まる。アルキメデスやエウクレイデスなどは、この知識を目ざして集まり、そして増やした。欧米やアラブ世界では、この古代図書館は「知識」の形態の原型を提供しており、これを電子的に再現しようということで多くのプロジェクトが生まれている。Googleなどは、現代のプトレマイオスといえよう。Googleは原本は没収せず、料金も取らず、利用情報だけを集める。たぶん悪い話ではないだろう。 (04/01/2009)

Topics: 電子ブック | No Comments »

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