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判断を避けるために起こる「誤探知」「伝達ミス」

By Hiroki Kamata | 2009年 4月 4日

kawamuraレーダーシステムが「飛翔体」の兆候を示すなんらかの情報を探知したのなら、それが正確かどうか、正確だとしてどの程度の確率で「飛翔体」と判断するかは、それぞれ別の問題だ。つまり、探知システムの異常などで「誤探知」があったかどうかとは無関係に、問われるべきは「誤判断」あるいは判断の欠如であろう。それがあるから、何段階もある伝達過程で「存在しない情報を付け加えて」伝えた、とか「発射と言い換え」たとかいう(にわかには信じがたいが)三重四重の「ミス」が起きてしまう。

人間は必ず間違いを犯す。長時間の「集中」が要求される緊張状態ではなおさらで、そのために場数を踏み、科学的知識と冷静な判断ができるプロとしての指揮官が要所で難しい判断をしなければならない。今回の現場にも官邸にも、必ず何人かのプロはいたはずだが、指揮官がプロではなかったのだろう。事を「伝達ミス」に矮小化すれば、再発は防げないだろう。技術的問題はプロセスの問題、マネジメントの問題にほかならない。どうしても判断を避けたいのならば、(不名誉なことだが)米軍の判断を待つべきだったろう。

これは国だけの問題ではない。現場からトップまで、判断を回避して「伝達」しさえすれば済むという風潮が広がっていることを象徴する出来事だと思う。戦前だったら、誤情報としないで、構わず「報復」に踏み切っていたかもしれない。歴史などというものは、判断ミスからだけでなく、判断の回避からでも展開し、多くの人間を悲劇に巻き込んでいく。あとで「責任」を追及しようとしても、責任者に「悪意」や「ミス」は見いだされない。判断できない人たちに指導を仰いでいるのはわれわれ自身なのだ。やんぬるかな。 (04/04/2009)

白やぎさんから おてがみ ついた
黒やぎさんたら よまずに 食べた
しかたがないので お手紙かいた
さっきの 手紙の ごようじ なぁに

(まど みちお作詞)

Topics: 近時片々(時論) | No Comments »

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