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新聞のビジネスモデルはWeb時代に再構築できるか

By Hiroki Kamata | 2009年 4月 10日

eric-schmidt-google-ceoコンピュータ市場の重心は、いまPCからサーバ(クラウド)に移行しているが、ネットメディアの重心は、逆に広告から購読に移行しつつある。昨年のいまごろは、まだ広告全盛、というよりは新聞も雑誌も、無料情報で視聴者を増やすことに全力を挙げていた。NY Timesは2007年9月に全面無料化に踏み切っている。見通しがあるわけではないが、この大不況下で広告に頼っていれば廃業に追い込まれることは明らかだ。そんな中で全米新聞協会の年次総会が開かれ、4月7日にはGoogleのエリック・シュミットCEOが基調講演を行った。業界の中には Google を危険視するむきも根強いが、ネット広告とメディアのシナジーを強調した彼の提案するビジネスモデルは、広告、購読、ペイパービュー(PPV)の3つ。きわめて常識的なものだが、奥はあるのだろうか。

シェアか利益率か、それともビジネスモデルの組み換えか

マーケティングの教科書的にみれば、(Googleのように)シェアを取れば何でもできる。圧倒的なシェアがあれば、パイが減っても対応できるからだ。しかし、すでに出来上がった枠組みの中でシェアを取るためのコストは膨大で、たとえマイクロソフトでも成功率は低い。例えば、いまから後発メーカーがDRAMや液晶パネルの世界市場でシェアを取りに行くようなものだ。これも(ミッタル・スティールのように)理論的には不可能ではないが、天国の門のように狭い。だから、常識的に以下の選択しかない。

  1. 自社の強みを生かせるように枠組みを変える(タイミングが重要になり、成功率はやはり低い)
  2. 逆にシェアを捨て、堅い顧客に確実に役立つサービスを提供する(利益は確保されるが顧客は減り、将来の成長を担保できない)

老舗のブランドの場合は、独力で前者を選択することは難しいので、これを「研究課題」に棚上げして自然に後者に流れるだろう。しかし、米国の上場企業の場合は、6%以上の成長がノルマとして課されており、いつまでも株主が黙っていない。早晩このブランドをカードの1枚として使うことができる大企業に買収されることになるので、時間に限りがある。そこで、1と2の間の中間的な道、コアビジネスを拡張し深掘りしたり、あまり侵略的でないパートナーと提携したりすることが経営努力の中心にならざるを得ない。ビジネスモデルの微調整で成長への転換を図る、ということか。

米国新聞ビジネスの置かれた状況

newspaperprintonline3約5万人のジャーナリストが働く米国の新聞産業は、日本と比べると広告への依存が大きく、販売額の4倍以上(日本は1以下)。その生命線である広告量は年々低下し、最近では400億ドル(約4兆円)あまり。プリントの落ち込みをオンライン広告(7%あまり)でカバーできず、しかもオンライン広告も急減速している。各新聞社はリストラを始めている。日本の新聞で、広告より販売の低下が問題になっているのとは対照的だ。ビジネスモデルはまったく異なっている。

USA Today (227.8万部)や Wall Street Journal (206.2万部) を除く米国の新聞は、都市をベースとしたユニークな特色を持っている。最近シアトルの Seattle Post 紙が紙媒体から撤退した時も、「これでシアトルは新聞を1紙しか持たない大都市となった」と同情的に言われたほどで、新聞はいまだに19世紀的「都市民」社会の一部となっているのである。他方で、都市の購買力を背景にするとしても、広告収入を中心に成長ノルマを長期的に達成することは不可能。本来は、カネを出しても編集に口は出さない19世紀型の「社主」がジャーナリズムを庇護するのが最も相応しいビジネスといえる。

1980年代以来の市場主義は、米国のメディアビジネスを大きく変えたが、それでも都市中心の構造はそう大きく変わったわけではない。中国と同じく、合衆国は「世界帝国」であり、NYはNY、LAはLA、DCはDCで、それぞれの都市から見た「世界」を見せてくれることに価値がある。これがなくなったら、「アメリカ」の地方紙に落ちてしまう。ただ、これまでのグローバリゼーションは、そちらの方向へ追いやってきた。ネットとの付き合いとともに、そのユニークなカラーを護ることが課題といえる。古臭い言い方だが、新聞は「公器」であってたんなるビジネスではない。儲かるビジネスとして残っても、伝統的役割を放棄する(あるいは誰かに引き渡せない)としたら、投資家以外に何の価値もない。

シュミットの3層モデルを検討する

さて、シュミットがTV(動画配信)を例に示したビジネスモデルに沿って、新聞の針路を探ってみよう。彼のイメージでは、無料=広告モデルを底辺として、その上の層に購読モデル、最上層にPPVがくる。

無料:登録制と非登録制に分かれる。後者は最大の読者に到達し、収入は広告に依存する。新聞はローカルに強く圏外に弱いが、圏外の読者と広告は、主に検索サービス(つまりGoogleが)拾ってくれる。ただし、地域読者にフォーカスした広告は、新聞側も広告主もかなり手間がかかるので、全国スポンサーからの収入は減るかもしれない。この不況下でたいした収入は見込めない。むしろ減少していくだろう。最悪なのは、広告収入と購読収入の両方を(たぶん確実に)減らす見込みが強いことだ。

購読:読者層は限定され、媒体価値は減少する。新聞はすでに紙を購読制で販売しているので、これは電子出版ということになる。読者はPCやモバイル、電子ブックリーダーで記事を読めるが、ハードや通信に依存し、紙の手軽さはないので、コンテンツ以外の別の価値を提供するか、紙の購読料よりかなり低いレートにする必要がある。広告も取れるが、ここでもたんなるべージビューではない、広告主と読者を結ぶユニークな価値を提供できないと、従来の売り上げは減る。しかし数10万人分の購読料ではたいした額にはならない。印刷の設備効率がますます悪くなってしまうのも問題だ。シアトルのように、いっそ紙を廃止すれば、地位は格段に下がる。

PPV:これも電子出版。フルアクセスではなく、記事の切り売りとなるが、注文・決済・入手を同時にできる環境を設置する必要があり、かつ少額・大量決済に対応できるものである必要がある。購読とPPVを組合わせるパッケージプランも考えられる。PPVだけでは、1回100円として、100万回でようやく1億円にしかならない。1ページ数100万円の広告で毎日億円単位の収入があるのとは比ぶべくもない。

4兆円の広告収入が、年率二桁台で下落すると、数年で多くの新聞がギブアップしてしまうだろう。これまで、大都市市場圏に分かれた7000万人あまりの読者から4兆円の広告収入を得ていたのだから、信じられないほど効果的なメディアだったということだ。このパイを維持することは不可能に近いが、さらに米国の新聞広告の強さをオンラインでも活かす方法はないのか、ということを考えてみたい。 (04/10/2009)

Topics: テクノロジーとビジネス, 電子ブック | No Comments »

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