「6ヵ国協議」の終焉は誰の利益か:脱退したのは?
By Hiroki Kamata | 2009年 4月 14日
河村官房長官が「決議と同等の効力」と言ったのと同時に、北は「6ヵ国協議」不参加を表明した。完全に予定の行動で「6ヵ国」の枠組を終わらせたものだ。これで「日本を含めた多国間交渉」は永久に不可能となり、米朝2国間(+アルファ)が残る。向こうが望んでいた形だ。朝鮮半島の緊張緩和は、ブッシュ政権からの既定方針であり、これに激しく反対していた日本を排除できたことも(残りの5ヵ国にとって)予定通りだ。日本は交渉カードを失って得をすることがあるのだろうか。
「非難声明」は、自動的に日本を含む枠組みの終わりを意味した
そもそも今回の長距離ロケット実験は、日本に軍事的脅威を及ぼすものではなく(射程が長すぎて無意味)、米国にとっても同じだ(衛星用ロケットは軍事的には旧式で、発射前にいつでも破壊できる)。核実験でもない限り、国連で取り上げること自体が無意味で、相手の思う壺なのだ。何も反応しなければ、さぞ落胆したことだろう。
それを知ってか知らずか、で日本政府が前代未聞の「迎撃指令」まで出したのは、純粋に国内向けの宣伝効果があればよいということだったのだろう。その限りでは効果的だった。27年前、英国のサッチャー政権がフォークランド島の領有をめぐる紛争を奇貨としてアルゼンチンに戦争を仕掛け(正確には、アルゼンチンのガルチエリ軍事政権が仕掛けたのだが、愚かにもその意識は持っていなかった)、政治的苦境を乗り切った故事もある。当時の英国の場合は、外交的に失うものは何もなく、19世紀的「大国健在」を演じて内外ともに大きなプラスだった。サッチャー神話の始まりだ(最近では「あれが今日の恐慌につながる災いの始まりだった」と英国でも語られている)。
しかし、現在の国際関係の中で、実質的に「冷戦時代の継続」をもとめて朝鮮半島をめぐる外交ゲームから離脱し、アジアの「盟主」としての中国の存在を高めるのは、むしろ「日米同盟」を崩壊させる行動といえるだろう。日本が使えるカードは、有り余っている米国債しかないが、それを実際に使うのは自爆テロくらいにしかならない。問題は、朝鮮半島における「冷戦時代の継続」路線が日本の国益になるのか、という一点だ。小泉元首相は、逆を考えて二度も訪問するというリスクを冒した。なぜか、拉致問題が(客観的には)外交的解決へのステップを踏んだ途端に、デリケートな段階にあった交渉を破壊して反対方向に進んでしまったのだから、国内的には「冷戦派」が勝利したということだ。
是非善悪、主義主張を別として、冷戦は時代遅れだ。さらに不況下の「愛国」は悪性の腫瘍となって経済・社会に取り憑き、回復を遠のかせる。フォークランド戦争は、現代的兵器による「最後の本格的海戦」を、両軍戦死者1,000名以下という犠牲で、ともかく美しく見せることができた。もはや再現はあり得ない。昨年夏、無謀にも「冷戦」の再現を信じて戦ったグルジアの二の舞しかないだろう。これはあまりに悲しい。 (04/14/2009)
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