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翻訳と外交:”Contravention” を「違反」にしたがる人々

By Hiroki Kamata | 2009年 4月 14日

最近の日本のメディア報道・論評は「異口同音」がとくに目立つ。13日の北朝鮮問題に関する「議長声明」では、各紙・各局の言い方が正確に同じであり、これは常識的にはコントロールされていることを意味する。少なくとも海外では、北朝鮮などと同じ空気を感じるだろう。「違反を非難」と日本語に訳すことができれば勝利、という児戯のような内向き発想が徹底されているのは外交=現実からの逃避というしかない。 

“contravention”は「抵触」としか訳せない

声明は、「朝鮮民主主義人民共和国」(メディアも一時はこう呼んでいた) による何かの”launch” が決議1718に対する “contravention” であるとして “condemn” している。”contravention” はあまり耳慣れない単語だが、これはフランスなどでは「駐車違反」など軽犯罪に対して用いられるもので、”violation”とは厳格に異なる(「ニュアンス」の違いではない)。だからこそ日本の国連大使も”violation” を求めていたはずだった。しかし報道では、素案の “not in conformity” を「日本の要求で強い表現に変えさせた」と口を揃えて言う。日本はいつviolation を contravention に変えたのか。たしかに、violation > contravention > not in conformity という強弱関係は成り立つが、violation 以下の2つの間の差は、それこそニュアンスの問題だ。

contravention は、ラテン語由来の法律用語で、英語のシソーラス(例えばこれ)では “in confliction with” とされている。安保理決議に「法的拘束力」があるとする立場に立てば、”contravention”は「抵触する」としか訳せない。この場合は violation でしか「違反」性を表現できないからだ。しかし決議が道路交通法や迷惑防止条例くらいのものなら(イスラエルや北朝鮮はその程度にしか考えない)たしかに「違反」と訳しても差し支えないだろう。つまり、声明は重要な法規に対する(意図的であるか否かを問わず)抵触行為であると認定したものか、軽度なルールに対する違反を指摘したとしか解釈できないのである。

現実から逃避したい人の気持ちは分かる。しかし世界は分かってくれない。あるいはそこにつけ込んでくる。外交は「型」を演じるものではなく、サッカーなどと同じ、ゲーム的なものだ。言葉の翻訳で敗北を勝利と言い換えれば状況を悪くする。ある日「日本は裏切られた」とか言いだして自暴自棄的な行動に出るしかなくなる。「核武装」とか「国連脱退」などという声が(すでに聞こえないことはないが)出てきたとしたら、それは北朝鮮外交の完全な勝利を意味する。日本によるNPTの violation は国連による制裁の対象にもなるからだ。 (04/14/2009)

Topics: 近時片々(時論) | No Comments »

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