「情報」とは何か、それはいかにして価値を持つか?
By Hiroki Kamata | 2009年 4月 30日
情報を扱う多種多様な仕事についてから、四半世紀以上にもなるが、いまだに考え続けている問題は、「情報とは何か」、「情報はいかにして価値を持つか」、「情報の価格はどうやって形成されるか」という3つの問だ。筆者にとって、これはポール・ゴーギャンの絵で有名な(グノーシス神学者テオドトス由来と伝えられる)例の3つの問いかけに等しいが、結論には行き着きそうもない。とはいえ、ここにさかのぼって考えることによって、たとえばビジネスとIT、出版といったことを問題とする際にはつねに得るものはある。ITというものは、情報についての上述の疑問が最小化された時に最大の価値を持つことになっているが、大不況下の現在は、疑問が最大になった時代といえる。疑問を持たずに仕事をしようとしても、ほとんどが無駄に終わる。
流行の「脳科学」では、「考える」ことについてはあまり問題にしていないようだが、「考える」ということは疑問を持つことと同じであり、考えずに「よい考え」などは浮かばないようになっている。脳のどこかに潜んでいるような発想は、選択式問題で偏差値を高めることに最適化した脳に受け容れ易いものなのだろう。考えるのが嫌いな人は、誰かの考えに従うしかない。考えるには何らかの認識を前提とし、方法を必要とする。それらも含めて考えないと、ほんとうに考えたことにはならない。なるべく人生から「疑問」を追放しようとしてきた人、そのように教わってきた人も、「疑問」の中にすでに答の一部はあること、疑問はけっこう楽しめることを知っていただきたいと思う。
そうした意味で、ITコンサルタント・佐藤氏の最近のコラム「『IT以前』の問題は本当にあるのか?」(佐藤治夫・日経ITPro、4/27)という問題提起は、とても刺激的で、「情報」を考える上でいろいろな手がかりを与えてくれている(別のニューズレターに、「ITは解決ではなく、それ自体が問題の一部である」というコラム書いたので、興味がある方はこちらへ)。Web 2.0、あるいは社会性を持ったネットワーキングは、「世界」についての「情報」を得、「情報」によって働きかける手段あるいは環境としてのITの性格を大いに変えるものであると考えられる。つまり、従来のシステム観、情報観を改めないと、進化し続けるWeb 2.0をうまく使うことはできないのではないか、ということだ。 (04/30/2009)
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