神々の焦燥:ベルルスコーニとペレス
By Hiroki Kamata | 2009年 6月 8日
「サッカーには理性的な部分と感情的な部分がある。また、合理的な判断だけで何かを決定することはできない。わたしがデジデリウス・エラスムスの教えを重んじているのは周知のことだが、彼は『最も正しい決断とは、知性によって導かれたものではなく、先を見越す目と夢想的なビジョンから生じたものだ』と言っている。」 (シルヴィオ・ベルルスコーニ、ACミラン・オーナー、イタリア首相)
ベルルスコーニの憂鬱
この人は、好色や放言、乱痴気騒ぎに公私混同などであまりに有名だが、このコメントはサッカー界の名門、ACミランのオーナーとして来季の構想を語ったインタビューでのもの(ACミラン公式サイト、6月5日)。偉人の引用も浮いたところがなく、いつになく老練な経営者としての貌を見せている。1986年に低迷するクラブを買収するや、アリゴ・サッキを大抜擢して指揮を執らせ、有力選手の補強と独創的戦術で常勝チームとして再建したビジョンと眼識は称賛に値するもので、サッキ以降も、ファビオ・カペッロ(現英国代表監督)、カルロ・アンチェロッティ(現チェルシー監督)の指揮下で欧州上位に君臨するなど、ほとんど外れがなかった(正確には失敗してもその都度リカバリーが的確だった)。
その彼が、いま迷っている。スクデットはもちろん、2年続けて欧州のトップグループを外したためである。2009年のオフは、久々の大規模なリストラを断行中で、名将アンチェロッティを更迭し、若く、監督未経験の副会長補佐レオナルドを据えた。
「アンチェロッティ? 物事にはサイクルがあって、切り替えが必要だ。『ここまで』と決めて、変更が必要になるシーズンもある。/レオナルドはわれわれがファビオ・カペッロとともに歩んだ道を、今またここで歩んでいくことになる。(中略)新監督はミランをさらに活性化させ、新たな野心を注ぎ込むだろう。われわれは彼とともに新たな目標を目指したい。カルロ・アンチェロッティもチェルシーで最高の仕事をするはずだ。」
彼の悩みは指揮官よりスター選手のカカが(ほぼ確実に)メガクラブのレアルマドリーに奪われそうなこと。すでにACミランが英国の3チーム(マンU、チェルシー、リヴァプール)とスペインの2チーム(バルセロナとレアル)と並ぶメガクラブの一角ではなく、財力と選手層でそれらに次ぐ(あるいはさらにその次の)存在であるとすれば、トップスターを引き留めておくことは難しく、収支を均衡させながら、世代交代期のチームのビルドアップを図り、スクデットの奪還を目指す、というさらに困難な課題に挑戦するしかない。ドリーム・チームは夢のまた夢だ。
「カカの問題はなかなか込み入っている。合理的に考えたときの方向性と、感情的なものが導く方向性が全く正反対なわけだ。さらに、カカ自身がどうしたいかということもある。まさに、わたしの友人であるシェフチェンコのケースと同じようにね。」
屈辱回避へ、ペレスのコミットメント
欧州のサッカー・シーズンは終わったが、今年のオフはいつにも増して動きが大きい。ミランと並ぶ名門レアルマドリーは、会長に返り咲いたフロレンティーノ・ペレスとマヌエル・ペジェグリーニ新監督のもとでギャラクティコ復活を目ざす。このチームは、メガクラブというだけでなく、勝ち方まで厳しく問われる存在で、経営は非常に難しい。金に糸目をつけずに有名選手を集めてもチーム力には直結せず、バランスは逆に取りづらくなり、もちろん赤字も膨らむ。不動産バブルが崩壊したスペインでは、資金調達もままならない。バルセロナが今年あまりに偉大な成功(三冠)を勝ち取り、しかも来季のヨーロッパ選手権決勝がマドリーのホームグラウンドで開催されるとあっては、それに近い成功を要求される。
ペレス会長はさしあたって、カカをミランから、リベリーをバイエルン・ミュンヘンから移籍させるだろうが、それだけでは足りない。ペジェグリーニ監督は、チリの出身。とくにバルサと同じカタルーニャのチーム、ビジャレアルを欧州屈指の強豪に大躍進させたことで評価を高めた知将で、南米スタイルとオランダスタイルを融合させたトータル・フットボールを駆使する。不動の司令塔(あるいは最後の王様)、リケルメを切った意志の強さを持つが、これはロナウジーニョとデコを切ってスタイルの徹底に成功させたバルサのグアルディオラに共通するものがある。スター軍団のマドリーには欠かせない性格で、ペレスの期待も、そこにある。
もはや旧聞だが、08-09チャンピオンズリーグ決勝、マンUとバルサの試合はローマで行われた。イタリア人(とベルルスコーニ)には特に強烈な印象を与えたことだろう。イタリアチームはベスト4にも名前がなく、スペインサッカーをグローバルに拡張した観のあるバルサの超攻撃的パスサッカーは、唖然とするほど完成されていた。マドリーのファンは、絶対に同じ組み合わせの再現を望まない(1世紀を超える歴史の汚点となる)。ペレスを選出したのは、彼のビジョンと眼識に期待したわけだ。
グローバリゼーションの生ける神話
サッカーは都市住民のスポーツであると同時に、グローバルなビジネスである。マドリーやミランはそれぞれ日本語や中国語のサイトを提供している。市場競争というものが、これほど意味を持つ世界もあまりない。おそらく、勝者による市場独占があり得ないためだろう。選手もコーチも国境を超えて市場を形成しており、英国プレミアリーグのメガチームのように、一部ではチーム自体もグローバル化している(外国人の所有で選手の多数も外国人)からだ。国内リーグとチャンピオンズリーグは一続きであり、大陸選手権やワールドカップを目ざす「ナショナルチーム」は(各国の国内市場向けイベントという意味で)、都市の戦いとしてのサッカーにとっては異質なものといえる。つまり、ワールドカップは、その名前とは逆に、サッカービジネスのローカライゼーションのメディア(各国協会の飯のタネ)であるといえる。
ビジネスとしてのサッカーが、グローバリゼーションの理想形のように思えるのは、世界市場と国内(都市)市場が連続し、最貧地域を含む世界規模での才能の発掘・育成と人の自由な移動があり、それにより、何よりチームとプレイヤーの最高に創造性あふれるプレーがみられるからだ。そこでは「情報」を超えた真の「物語」を見ることもできる。ベルルスコーニやペレスは、明日の「物語」をつくろうとしている。 (06/08/2009)
Topics: スポーツ, 今日のひと言 | No Comments »