日本版ニューディールとしての「名古屋城本丸復元」
By Hiroki Kamata | 2009年 6月 25日
「名古屋城本丸復元」が議論されているという。「市民の関心は今ひとつ」だそうだが、じつに素晴らしいアイデアだ。事業化は十分に可能である。500億円はかかると言われ、「財源は?」という小役人的消極論を乗り越える必要があるが、城の再建にはそれだけの意味がある。最悪の不況期だからこそ、偉大な文化財の復興はやるべきなのだ。名古屋に限らず、旧城下町は町並みを含めて可能な限り復興すべきだ(最終的には江戸城本丸・西の丸も)。地域文化の復興、観光資源の創造、建築・工芸・美術・造園技術の伝承、失業対策、そしてコミュニティの復活など、複合的な価値を創造する。これが日本の「ニューディール」だ。
城の復元は、未来への確かな投資である
500億が1,000億になっても、あるいはサグラダ・ファミリアのように何世代かかろうと、城にはそれだけの価値がある。オリンピックや国立マンガ喫茶は東京に任せ、地方都市は本気で城に取り組み、今後何世紀にもわたって日本や世界からの人が集まるような、生きた文化財とすればよい。必ず元は取れてお釣りがくる。和歌山の猫駅長でさえ、1年で11億円も稼げるというのだから、名古屋城で元が取れないわけはない。東京ディズニーランドのシンデレラ城に資産価値があって、真正に復元された名古屋城にない、などということがあり得るか? これは祖先の文化遺産を土台とした未来への投資であって消費(と考えるべき)ではない。また日本全国と世界に開かれたもので、地域で閉じるものではない。
第1に、城には「江戸文化」が詰まっている。そして明治維新以来、日本人の誇りである江戸文化は虐待され、あるいは衰微、あるいは海外への流出に任せられてきたが、上方や名古屋の文化的凋落は、政治権力と結びついた東京の歪んだ発展と裏腹であった。城の復興は、地方の復権を象徴するものとなるだろう。戊辰戦争第二次大戦で、多くの城は破却され、灰燼に帰したところも少なくない。時代劇では「江戸城」として登場することが多い姫路城も、何度かの危機を奇跡的に生き延びたものだ。天下の名城と謳われた名古屋城は大戦で焼けた。木造での復元で名古屋の戦後も終わる。
城で21世紀のビジネスモデルを築く
第2に、経済効果としても城は、とてつもなく大きい。機械力にはあまり頼れないので、かなりの期間、相当な労働力=雇用が必要とされ、多くの失業者がこの歴史的事業に参加する栄誉に浴するだろう。伝統技術での職業訓練を経て、建築、土木、内装はもとより、畳、和家具、表具等々の製作、障壁画、造園に至るまで、幅広い雇用が確保される。投資の大半は地元と国内で消費される。城は内需型のリサイクル産業だ。新幹線のように一過性のものではない。バイエルンのルートヴィヒ2世は、19世紀末に時代錯誤の「古城」を乱造した末に王位を追われたが、その遺産は1世紀以上を経て、世界から人を集め、ますます地元を潤している。城が21世紀日本のビジネスモデルの核となるポテンシャルを秘めていることに疑いはない。
第3に、城の復興は地域(出身者、愛好者)のネットワークで支えることが可能だ。市は債務保証をするだけでよく、プロジェクトそのものは市民主体で行う。税金を使う必要はない。たとえば、献金やボランティアを募り、分担して「大普請」や「小普請」「作事方」「畳奉行」「火消し」といったグループを組織するのはどうだろう。一定以上の貢献をした人は、「旗本」に取り立ててもいい。地域貢献したい企業にはよい機会にもなる。「美しい日本」が好きな人にも大いに働いてもらおう。ここではインターネットによるソーシャルネットワークが大いに役立つ。重要なことは、「城復元」をビジネスモデルとして設計し、文化的=経済的価値創造のプロジェクトとしてやりきることだ。
名古屋城復元は、独自の経済政策を展開して挫折した尾張家第7代当主・徳川宗春公の無念を見事晴らし、江戸「表」に対し、尾張・名古屋の意地を示す好機でもあるだろう。総工費1,000億円かけて、??の本社を築いた「三河の城主」にもぜひご協力願い、ともに復活を世界に宣する機会とすべきものだろう。 (06/24/2009)
Topics: 政治・経済・ビジネス | 1 Comment »
2009年 8月 30日 at 7:30 AM
大賛成!!!