「自然」の相貌
By Hiroki Kamata | 2009年 7月 19日
北海道・大雪山系の遭難では8人の人命が失われたが、ニュース報道では「なぜ?」の大合唱。それほど不思議なことだろうか。多少とも経験がある人なら、どんな山もそれなりに危険であること、自分の判断力や生存能力によってリスクは減るものの、それが現前するかしないかは「運」でしかないことを知っている。「グリーン」だ「エコ」だと言われる現代でも、自然はそんなにカワイイものではない。いや自然は昔とたいして変わっていない。変わったのは、人間が自然と向き合わず、観念の「自然」を想うようになったことだろう。
夏の盛り、すこしばかり都会(あるいは平地)を離れ、山村・漁村に身を置いて耳と目を開いてみると、地理上の日本の大部分が、なお野性そのままの自然の中にあること、多くは穏やかでも優しくもなく、むしろ猛々しいほどのものであることを感じさせられる。とくに険しい山々が、断崖とともに海へと落ちている海岸線がそうだ。夜の森の喧噪は、たとえ虫や小動物の声であっても、都会人にはほとんど野性の咆哮に近く、挑みかかるほどで怖い。猛獣がいるわけでもないのに。人間の集落は野性との境界上に点在し、かろうじて野性と折り合っている印象だ。
日本の文明的特色としてよく言われる「自然との調和」だが、どうもこれは格好よすぎのようで、実態は、多くの人間が山と海の野性の脅威から逃れ、広くはない平地にはり付いて生きることを選んだものの、密集した人々の間で生きる不自由とストレスから逃れたい気持ちから、箱庭の「自然」を愛でて暮らしていたということなのではないか。自然は自由と危険を意味するが、日本人は概して、自由と独立より、平地の権力と折り合って生きてきた。やはり自然は怖い。山や海に棲む神仏や妖怪を通して、われわれは畏るべき自然(野性)との折り合いを付けてきたのだが、電気がもたらされて以降、怪力乱神はかき消えたが、同時に自然と付き合う文明の基本を忘れてしまった。そして夏の虫のように、暗い夜の残る世界を捨て、都会の光に吸い寄せられて生きてきた。そのように思えてくる。
日本の自然は(お題目のように強調されているが)けっして優しくない。野宿が好きという人でも、深い森の中では、たとえ一夜を明かすのも尋常な神経では難しい。修験者や武芸者がそこに挑んだのも、己を鍛え、試すのに最高の空間だからだろう。山や海は、古来日本人にとって異界であると同時にフロンティアでもあり、世界を知り、人間を知り、自分を知る場でもあった。そこから智慧と霊感を得てきたのだ。優しくない自然の中で生きるには、個人や集団としての判断力・行動力を鍛えていくしかない。都会の生活と教育は、そうした機会を奪い、視野を狭くし、結果として生存能力を低めてきたが、目を背けなければ、日本人にとってフロンティアはいつも目の前にある。
満員電車と集合住宅、巨大組織という、非人間的(動物的とも言えないが)環境に耐えながら、都会に生きるしかないと思うことじたい錯覚、生存能力の低下を物語るものだろう。人が農村を離れ、都会に向かったのは、自然より人間社会のほうが優しいと考えたからだろう。たしかに自然は優しくないが、人間社会のように機械的な無秩序はないし、自己破壊的でもない。今日のような時代で、人間の社会を立て直すには、結局自然との関係の中でリセットするしかないのではないか。 (7/19/009)
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