賢者は本当に歴史から学ぶか?
By Hiroki Kamata | 2009年 9月 7日
書棚から、山川出版社版の「県史シリーズ・新潟県*」(1970年初版、79年第3版)という、見慣れない古本が出てきたので読んでしまった。原始時代から戦国を経て高度成長期までの越後の通史で、1万年の地域史どいうのは、わるくない。しかし、読み進むうちに重い気持ちになったのは、叙述が「…した」「…であった」「である」と、まるで教科書調で、「なぜ」かを検討する部分が皆無だからだ。なるほど、こういうのが歴史だと思ってしまうと、疑問の余地もない代わりに、何のおもしろみもない。歴史学者は、概して若い世代のものほど、方法においても情報量においても、そしておもしろさにおいても勝っていると思う。しかし、教科書にはほとんど反映されていない。
「所与」に生き、「当為」に首をすくめる日本人
『新潟県の歴史』の最後の部分は、戦争の時代の陰鬱な記述が続く。ガダルカナルで、インパールで、県下の部隊が敗走に敗走を重ね、「鬼哭啾啾」「死屍累々」の惨状を呈するさまも描かれている。降伏直前の8月1日の長岡大空襲。「なぜ」はどこにも出てくる余地はないようだ。「よみがえる“トキ”」と題した最終章で、著者は突然「8月15日でビンタの時代は終わったのである」と宣言する。この表現は凄い。実感もこもっているが、1970年当時、「ビンタの時代」が何を意味するかは誰でも知っていたのだろう。
「9月24日、米第8軍第27師団司令部が、新潟市公会堂におかれた。これから労働組合が結成され、軍国教育を天職と考えていた先生方も赤旗を持って行進するうようになった。」
う~ん。これも著者が体験して印象が深かったのだろう。敗戦直後の生々しい姿を伝えている。しかし、この衝撃的な事実にも「なぜ」はない。米軍司令部の設置と「先生方の赤旗」の因果関係も不明だ。思えば、日本人は歴史というものを、ただ季節の移り変わりや「川の流れのように」感じてしみじみとしたいのであろうか。これはたしかに権力から遠い所にいる、哀しい「民衆」の視点ではある。当為(なすべきこと、あるべきこと)がなく、所与だけを書き連ねたものを読んでいると、当為的議論に対してまったく無防備になる。「なぜ」を突き詰めた経験がないからだ。「飲酒運転」でも「官僚支配」でもそうだが、四字熟語を並べられると、議論を避けて空気のような「タテマエ」に調子を合せながら、通り過ぎるのを待つというスタイルになる。
こうした態度は、もちろん自然にそうなるわけではなく、教育によるものだ。統治者から見るとやりやすいのだろうが、すでに当為が自明でない時代に入っており、こういう特性はすでに重荷といえる。そもそも、いまだに隣国と「歴史認識」の問題で噛み合わないのは、当為と事実を区別できず、日本は陰謀で戦争に「引き込まれた」などと正気で主張するナイーブさ(これは逆自虐史観と呼ばれる)を克服できていないからだ。
ビスマルクは「他人の体験」に学んだ
「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」というが、この場合の「歴史」とは何だろう。そもそもビスマルクは「歴史」と言わず「他人の体験」。「賢者」と言わずに「私」と言っている(*参照)。したがってこの有名な言葉は「歴史上の有名人」の言辞を曲解、あるいは(一般人を脅かすために)それに仮託した、かなり怪しげな強迫的格言ともいえる。だからロクな使われ方をしないのも理解できる。マスコミで最も多く使われるのは「歴史的故事」のようなもので、たとえばチェンバレンのヒトラーに対する譲歩がポーランド侵入をもたらした(だからフセインや金正日に譲歩すると核戦争になる)といった、パラノイア的「物語」だ。どこが「賢者」か。日頃この「格言」を服膺していた“オマハの賢人”も、金融危機を免れるわけにはいかなかった。
どうにも戦争したくてたまらず、着々準備を整えている相手に、譲歩してもしなくても結果が変わるわけではない(開戦時期は遅れただろうが)。また故フセイン大統領や金正日総書記のような現実主義者をヒトラーになぞらえるのは、どうみても言いがかりというものだろう。いかようにも「歴史」はつくられる。そもそもつくられたものが歴史であるということは、ビスマルクのような、「歴史」をつくる側の「賢人」にとっては常識以前だ。知識としての「歴史」は、一定の意図のもとに誰かが書いたもので、それを直接「学ぶ」ことは意味がない。賢人は、(1)事実とそうでないものとに分け、(2)「他人の体験」を構成した世界を再構成し、 (3)いく筋もの仮説とシミュレーションを行った上で、(4)最適な選択とは何であったか、(5)現在の状況と何が同じで、何が同じでないかを検討する。(1)~(4)は歴史学者もやることだ。
人々が時に学ぶことを迫られる「歴史」から、通俗的教訓以上の知恵が出てくることはほとんどない。上述したように、「賢者」はいくつもの問いを発し、歴史上の「他人」と対話しながら謎を解いていく。その目的は、現実的課題の解決のために、ものごとを単純化することなく、世界を様々な角度でモデル化し、解決のフレームを構築し、自らの選択に誤りなきを期すためだろう。そうした意味での歴史(方法論)は、むしろ伝統的には「帝王学」の一部として伝えられてきた。歴史上の人物の「体験」を意識するのは、やはりリーダーだろう。日本でも経営者は「歴史好き」だ。ただし、ベースは歴史小説だ。小説のよいところは、事実の集積を超えた「他人の体験」を(主観的にではあれ)再現してくれること。悪いところは、(おもしろすぎるので)これを歴史と錯覚させてしまうことだ。 (09/07/2009)
*『新潟県の歴史』井上鋭夫著、山川出版社、1970年初版、79年第3版
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