象を撫でる:レヴィ-ストロースの遺産
By admin | 2009年 11月 16日
きっかり1世紀を生き、10月30日に逝去したクロード・レヴィ-ストロースについて、Economist誌 は弔い記事を載せ、人類学という(彼以前は)地味な研究分野を、最も刺激的で魅力的な科学として再確立するとともに、哲学、言語学など、人間に関する様々な諸科学と現代思想に大きな足跡を遺した哲人を称えた(11月12日)。象を撫でるのを承知で、筆者なりの印象を書いておきたい。
筆者は、若いころに『悲しき熱帯』や『野生の思考』など数冊を読んだにすぎないが、サルトルが「蟻を見るように人間を見る」と批判したクールな目線には、当初やはり違和感を覚えた記憶がある。人類学の方法とは基本的に対象に密着することだと思い、そのタイプの本に親しんでいたせいでもある。やがて、あらゆる“人間的”偏見から独立した「神のごとき視線」に深い感動を覚えるようになったが、いまだ咀嚼するには至っていない。レヴィーストロースは、20世紀最大の思想史的事件の一つだったのだろう。
彼の視線は、たとえばアンドレイ・タルコフスキーの映画を観る時の感覚と似ている。別の次元から現実を俯瞰しているかんじ。ある時には高いところから、またある時には人物をアップで撮るが、視点は天使のように空中に浮遊している。サルトルの、いかにも彼らしい指摘は間違ってはいない。レヴィーストロースは人間を超えた眼を持っていたのだ。
彼の見た「未開人」は、熱帯雨林の自然への広く深い知識を持ち、知恵と創意を駆使して生きる人々であった。他方で「文明人」とは、制約に立ち向かい、発明によって世界を作り変える存在である。前者はほぼ消滅し、後者はたしかに世界を変えたかに見える。しかし、「未開人」と「文明人」は人間の両面にすぎず、われわれも両面を持って生きている。さもなければ安定した社会などあり得ないだろう。多くの人間が、本心ではイノベーションを忌避し、集団間の抗争を回避し、ガラパゴスであろうと何であろうと、懸命に維持して島の平和を守りたいと思っている。
しかし、破壊的なイノベーションを好む人間もいる。不幸にして、18世紀からこのかた、世界はそうした一部の「文明人」によって変えられてきた。数次にわたるグローバリゼーションだ。日本は改造しにくい自然を持ったせいか、「野生の思考」を保ちながらむしろ産業化に生かし、社会を変えずに発展してきたが、ついにその社会も衰退の時を迎えた。変えなかったツケと、壊してしまったツケの両方を同時に払わねばならない状況に陥っている。変化の恐怖とたたかいながら「文明人」の知恵を学ぶ時代に入ったようだ。「野生の思考」を再び生かせる環境を創りだすまで。(11/15/2009)
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