CrunchPadの挫折はなぜ起きたか
By Hiroki Kamata | 2009年 12月 2日
CrunchPad離陸寸前の分解というTechCrunchのニュース(当事者のマイケル・アリントンによる記事)は、多くの期待を集めていただけに、かなりの衝撃を持って受け止められた(参考記事)。記事を読んでも理解できる部分と、しかねる部分がある。これはそう単純な事件とは思えない。
第1に、汎用タブレット、あるいはタッチ式メディアプレイヤー端末は、来春にも予定される大小多彩なベンダー製品のラッシュを前に盛り上がっていた。それぞれが、どのようなサービスとシステムとの連携を打ち出すかで、かなり性格の違うものとなるからだ。書籍コンテンツや雑誌・新聞と連携すれば、カラーLCDのE-Readerとなるし、YouTubeなど動画コンテンツや静止画のビューワをメインとするものもあるだろう。CrunchPadは、TechCrunchを発行するシリコンバレーの名士、弁護士にしてジャーナリスト、投資家のマイケル・アリントン氏が深く関与し、オープンソースの味方、Crunchの名を冠した製品であり、試作品の段階から注目されていた。
第2に、アリントン氏によれば、共同プロジェクトのパートナーFusion Garageのチャンドラ・ラサクリシュナン氏は、発表3日前になってTechCrunchを「外」し、直接販売することを通知してきたという。後者からの発表はなく、その意図は不明だ。開発費は折半でIPRは共有、商標権はTechCrunchが保有するので、許可なく製品を販売することは不可能になっている、というのが事実なら(それを疑う理由はないが)、チャンドラ氏側は、持分の買取りか、取り分の引下げを求めてきたものと理解するしかない。
こういったことはよくある。合意の段階では全員が幸福感に包まれる。カネを持っている側は有望なカネの遣い道が出来たことに有頂天となり、優秀なデザイナー、エヴァンジェリストの能力に期待する。しかし、製造コストは開発コストに比べて巨大であり、デザイナーやアーキテクトのチームが仕事を成功裏に終え、発売が近づくにつれて、投資家は逆にほとんどのカネを出し、リスクを取るのはわれわれではないかと考え始める。製品のコンセプトなどは何度も聞いているうちに、もともと自分たちのアイデアだったと錯覚するようにもなる。それにつけても、「頭と自分の時間しか使っていない」デザインを受け持ったパートナーの取り分が「不当に」多いことが気になってくる。そこでリリース前に「はっきりさせておきたい」と考えたのだろう。筆者にも経験があることで、グラウンドワークは、終わってしまうと急速に「マインドシェア」が低下する。「もう要らない」ということだ。
かくしてイノベーションの芽は開花・結実の前に摘まれた。アリントン氏によれば、「貪欲、嫉妬、勘違い」のためだ。経済学者や経営者はイノベーションを賛美するが、既存勢力は競争環境を一変させるものを望まない。したがってリスクマネーの出番となるが、その持ち主は神でも天使でもなく、ほとんどはイノベーションを嫌う連中以上に「貪欲、嫉妬、勘違い」で動くナマの人間たちだ。市場はほとんど欲と愚かさで動いているのである。筆者は計画経済と同じ程度、市場も信用しない。市場が機能するのは計画が機能するとの同じくらい例外的であると考えている(期待する気持ちは持ち続けているが)。それはこんなことが日常的に行われるからだ。
ところで第3の問題を考えておく必要もある。なぜアリントン氏は、当事者間の法的な交渉を始める前に本件を公表したか。筆者はそれが彼のキャラクターだからだと考える。彼はほんとうに心から怒ったのだ。イノベーションの対極にある(と彼が考える)「貪欲、嫉妬、勘違い」の輩に。彼は政治家でもビジネスマンでもなかった。クリシュナ神の眷族の名を冠したインド系のパートナーには理解できなかったのだろう。怒りのマイケルはシヴァ神となり、敢えてすべてを壊すことを。これで終わりだろうか。たぶんそうなるだろう。最も重要な時間を失い、モチベーションを失った。不愉快な真実だ。(12/02/2009)
Topics: テクノロジーとビジネス | No Comments »