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日本には真実が不足している

By Hiroki Kamata | 2009年 12月 7日

「日本サッカーの中で欠けているもの、それは真実だ。特にサポーターは真実の情報が不足しているように思える。そこでメディアの役割が問われる。」(イビツァ・オシム、12月5日、W杯組合せ決定後のインタビュー

オシム氏の言葉は、サッカーにとどまらず、まさに日本が知るべき「真実」を衝いている。真実は、人々の間で共有されて初めて意味を持つという意味で社会的であり、したがってその社会に支配的な価値観、認識の枠組、時代の空気によって制約を受ける。オシム氏が感じたのは、意識的に「真実」から目を背けながら、それを「夢を見る」のだと言い張ることで正当化する(あらかじめ逃げを打つ)日本人の惨めな姿であったろう。残念ながらメディアが真実を愛したことはない。真実というのはかなり難しい。

「長期的には、雇用(労働需要)を増やす方法は、その価格(賃金)を労働生産性に見合う水準まで下げるしかないのだ。もちろんそれには労働組合が反対するので、実際には迂遠な方法でやらざるをえない。それが「グローバル化」であり「サービス化」である。」(池田信夫ブログ、12月1日、「雇用を増やす唯一の方法」

池田信夫氏のブログを、筆者は愛読しているし、該博な知識と信念に基づく議論の切れ味の鋭さ、呵責のなさに快哉を叫びたくなることも少なくない。しかし理論を愛するあまり、時にその限界を弁えず、現実を(そして真実を)見すごす傾向があるように思われる。日本の権力エリートたちの観察には感心するが、筆者が認識する「事実」とも「真実」ともかけ離れていることがある。僭越ながら民間での経済活動の実践、とくに非サラリーマン的実践において、池田氏より経験を積んでいる筆者からみて、観念的に純化された「市場」を基準に経済活動のすべてを「説明」しようとしているように感じられる。

経済はあまりに複雑。それは人間が主体だから

そもそも「労働生産性」は、非常に複雑な現実の一面を写した単純すぎる概念だ。賃金は一見、分かりやすい指標だが、それが人々に意味するものはそう単純ではない(生活の再生産か、意欲の再生産か、労働力の再生産か…)。まして技術の生産性効果は(ICTをみてもわかるように)組織によって効果は千差万別だ。無能な経営者のもとで優秀な技術者、勤勉でスキルの高い労働者が働く、という組合せがどういう結果を生むか? 賃金を下げると単純に労働生産性は上がり、競争力は回復するだろうか。賃金引下げは、大学教授、技術者、ジャーナリスト、各種専門家、各種サービス業界のにも及ぶと考えるのが妥当だろう。彼らのほとんども国際的競争力を持たない。日本にのみ、それも特定のコミュニティにのみ最適化されている、ユニークな存在だからだ。

日本では経営者は職責というより地位に近い、日本社会に特有のローカルな存在だ。いくらサラリーマン化しても、マニフェストも説明責任も負っていない(メディアも要求しない)ではないか。日本にとっての最大の問題が「高賃金」などでなく、経営能力にあることくらい自明だろう。企業ぐるみ海外に「移住」できるくらいなら、ぜひ行ってほしい。トップにそんな度胸も能力もあるなら結構。また日本の電力コスト、輸送コスト、家賃負担、行政手続費用などが国際的にみて高いことは、企業の責任でもない。国策の結果だ。光熱費・交通費・家賃などを余計に負担している国民が「高賃金」を謳歌しているわけではない。

日本の「強者」は「弱者」の支援なしで、世界で通用するか

池田氏は「労働組合が反対するので」と言うが、この20年以上、労働組合は実質的に(非組合員の)賃金引き下げ反対などしてこなかったし、雇用を新興国に移転することにも、労働分配率を下げることにも抵抗しなかった。巨額の「闘争資金」を積み増してきただけだ。池田氏の考える「労働組合」は「階級闘争」を看板にしていた時代の観念を引き摺る幻想のものだ。日本企業の「グローバル化」と「サービス化」に抵抗するのは、むしろ企業自身といえる。工場くらいは移転できるかも知れない。しかし経営はいっこうに「グローバル化」しない。非日本人や中途採用者が幹部やトップになれないような会社で「グローバル化」など不可能だろう。意思決定も説明責任も果たせない「トップ」を戴く企業が日本を出て何ができるか。もはや中国も台湾も、自前で工場くらい作れるし、そこで働く人間には、日本企業以上の可能性が用意されている。労働者も企業を選ぶのだ。日本企業で喜んで働いてくれるのは日本人くらいだと感謝すべきなのだ。

けっきょく日本のチャンピオンである大企業は、日本社会における株式市場、官庁、取引先や下請企業、メディア、大学等々の関係に支えられたチャンピオンなのであって、国際ルールでの「予選」を勝ち抜いているわけではない。高品質の部品を買い叩いて海外で収益を上げられているのも、赤字に耐えて供給してくれる零細企業がいればこそだ。低生産性のサービス業とも無関係ではない。日本の大企業エリートも同じことで、平均的にみて、国際ルールで競争できるだけの知識・能力を問われることなく、訓練を受けてもいない。社会はいまだにそんなことより大学ブランドを重視する。彼らは能力ではなく「身分」としてその地位にいるに過ぎないと世界は見ている。日本の労働者や技術者は、かなりの程度、外国に行っても通用するだろう。

日本の「強者」を社会は支えてきた。かつての大企業経営者は、だから「弱者」への敬意と感謝を忘れなかった。意識だけ「市場主義」に浸った後輩たちは、自分たちこそグローバルな強者と思い込み、ワリの悪いことを引き受ける弱者を足手まといと考えている。大田区の金型製造業者を称えはしても、世界一と言われる技量に相応しい報酬を払った形跡はない。輸出企業は、日本社会の封建的構造を変えずに成功してきたのだ。もう不可能だと言うのは簡単だが、これを「グローバル化」するのももっと簡単ではない。かつてエズラ・ヴォーゲルが感嘆したのは、日本企業を支えるユニークな「社会」が世界市場において(欧米にない)非市場的競争力を発揮させていることだった。

個々の企業の選択として「グローバル化」と「サービス化」を目指すべきだということに異論はない。しかしそれはまず「強者」の真の実力を問い、鍛え、そして「弱者」を正当なスタートラインに立たせることでなくてはならない。イノベーションを可能とする社会的経済的環境の整備が絶対に必要であることは池田氏が強調する通りだ。ただ過剰な期待をするべきではない。Web時代のサービスプラットフォーム中心のイノベーションは、偶然の重なりで生まれ、またGoogleのように、二番手以下にはほとんどチャンスがない。むしろ農業や製造業の改善を着実に重ねていくしかないのではないか。

「グローバル化」は日本にとって唯一の選択肢か

「自由貿易という言葉はとても美しいが、今の自由貿易の真実は経済戦争です。あらゆる経済領域での衝突です。安い商品を作り、給与を押し下げ、国家間での絶え間ない競争をもたらします。…つまり、民主主義を残したいなら、自由貿易を片付けなければならない、という選択が必要なのです。」 (「エマニュエル・トッド 歴史人口学者・家族人類学者―もし自由貿易が続くなら民主主義は消えるだろう」 東洋経済、12/1/2009)

市場は自立(自律)できず、(非市場的存在である)国家・社会の上にしか成立しない。それは自由貿易とか民主主義とも無関係で、中国やロシアのような権威主義的国家でさえ、市場を発展させることはできる。むしろ安売りの「戦争」であれば勝敗の帰趨は明らかだ。賃金とは労働力の再生産であり、市場の再生産でもある。低賃金国の上昇エネルギーはすさまじいものがある。そうした状態では、保護(管理)貿易が現実的な選択肢になるだろう。人口学者のエマニュエル・トッドの発言は十分に説得力がある。しかし「自由貿易」の否定あるいは修正はタブーとなっている。なんの歴史的根拠もないのに。

フランスの哲学教科書は、人類の文化の母体は魔術であり、技術、宗教、芸術、さらには科学なども魔術に淵源があると解説している。つまり自然(世界)の運行になんらかの決定論的因果関係を認め、人間の願望のためにそれを制御する力を持ちたいという点で、「世界を解釈し、変革する」人間の創造性を準備するというのだ。経済学は、国民経済を技術的に操作しようとするpolitical economyから出発し、マルクス以降(あるいはそれへの対抗上)科学の体裁をとりはじめたが、いまだに科学性は10%くらいで、残りはよくてエンジニアリング、悪くすると魔術か錬金術の世界のような印象がある。いくら外れても、不死鳥のように蘇るのは、それが人間の欲望に応えるものだからだろう。しかし、経済的現実を生きるわれわれは、ともに知恵を出し、汗を流して苦境を乗り越えるしかない。いざとなれば一時的に「市場から退場」するというテもある。歴史的にも現実的にも、市場は一部でしか機能していないものだし、そんなものに命を取られたのではかなわない。(12/07/2009)

Topics: 政治・経済・ビジネス | 1 Comment »

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One Response to “日本には真実が不足している”

  1. Tweets that mention 日本には真実が不足している | INTELOGUE -- Topsy.com さんより:
    2009年 12月 24日 at 1:17 AM

    [...] This post was mentioned on Twitter by Kodai Fumoto, Kodai Fumoto. Kodai Fumoto said: "賃金引下げは、大学教授、技術者、ジャーナリスト、各種専門家、各種サービス業界のにも及ぶと考えるのが妥当だ [...]

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