Archive for 1月, 2010
|「説明責任」:言葉は使いようで社会を殺す
水曜日, 2010年 1月 20日ネットの世界では「マスコミ」をゴミ扱いする傾向が強い。人気業界だと思っていた関係者も心中穏やかではないだろう。ネットの言論は、相手を叩こうとするあまり、呵責ないまでに攻撃的で、つまりは議論にならないことが多い。「論」を議 [...]
Googleの瀬戸際政策:中国検閲問題を読む
金曜日, 2010年 1月 15日「検閲」をめぐって中国政府を揺さぶるGoogleの戦術には、様々な要因が絡んでおり、いくつかの読み方が可能だが、同社の意図とは無関係に、これはすでに国際関係上の事件となっており、パワーポリティクスの面から、これを利用した [...]
プレートルの「ラストワルツ」
土曜日, 2010年 1月 2日ウィーン・フィルの新年コンサートはこの10年あまり、ちゃんと聴いたことがない。今年は、2008年に続いて(すでに引退を表明したはずの)ジョルジュ・プレートル (85)が指揮をするというので通して聴いた。テンポもリズムも響 [...]
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