Googleの瀬戸際政策:中国検閲問題を読む
By admin | 2010年 1月 15日
「検閲」をめぐって中国政府を揺さぶるGoogleの戦術には、様々な要因が絡んでおり、いくつかの読み方が可能だが、同社の意図とは無関係に、これはすでに国際関係上の事件となっており、パワーポリティクスの面から、これを利用したキャンペーンが動いていることが重要だ。地獄への道はつねに「正義」で舗装されている。
対立感情を煽るのは反中国(覇権)・保護主義勢力か
権威主義的体制と市場の国家管理という、非欧米的、非近代的な(しかし中国社会では伝統的な)システムの下で、巧妙に世界最大の経済大国の地位を窺うまでに成長した中国に対し、これをゲームの前提として受け容れる勢力とは別に、非軍事的手段で体制を転覆することにより弱体化しようとする勢力が存在する。チベット暴動、ウイグル暴動などのたびに民族紛争を煽ってきた米英の主要メディアは、それに加担している。あるいはそちらに傾きやすい。それは欧米の世論を操るだけではなく、それによって中国人の排外主義を煽るという面も持っている。
いまや欧米の企業が中国に持っている権益と中国企業が世界に持っている権益とを比べると、もちろん前者が大きいものの、後者の伸びは顕著だ。米国ではハイテク企業を、途上国では資源を買い漁っている。電気自動車を開発し、米国に売り込みを図ってもいる。そうした動きを一時的にせよ止められるものがあるとすれば、それは「国民感情」しかない。そうした意味で、Google検閲問題はまことに効果的なタイミングであった。おそらく同社の思惑とは別のところで、政治が動き出している。
他方で、中国ではまるで成功していないGoogleにとっては、最近「悪」の印象がまとわり着き始めていたイメージを一新し、オープンなネット社会の旗手という元のイメージを取り戻すよい機会であったろう。中国市場の可能性を見限ったとすれば、仮に撤退したとしても短期的に失うものはなく、得るものは大きい。短期的には。
それに比べて、中国は「Googleを追い出した」印象を欧米の消費者に与えれば、失うものが大きすぎる。したがって「中国の法律を守らせる」との原則を通しながら、Googleになんらかの餌をぶら下げる(下品な言い方でごめんなさい、つまり事業機会を保証する)という交渉を行うことになるだろう。Googleが、検閲問題は「緩和された」とか「改善を見守る」とか言えば済むことだ。中国からすれば譲歩だが、これで終わりでない。大人のゲームである。
Googleはそれでいいとしても、これを利用してコトを起こそうと考えている勢力は困る。せいぜい煽って、Googleが「安易な妥協」をしないよう圧力をかけ、さらにマイクロソフトやYahoo、IBMなどすでに中国と密接な関係を築いてきた企業にも「民主主義」と「情報公開」という価値観を遵守するよう求める。また中国の「民主化活動家」をネットを使って支援する。できることなら「政経不可分」な対応を企業に要求しながら、もはや重荷となった自由貿易体制を、きわめて道徳的な方法で保護主義の方向に導く。こういうシナリオを持っていると思う。クリスマスに起きた航空機テロ未遂事件とともに、政治的事件だ。情報に踊らされれば真実から遠ざかる。 (1/15/2010)
Topics: 政治・経済・ビジネス | 1 Comment »
2010年 1月 16日 at 5:21 PM
[...] This post was mentioned on Twitter by naoto.wolfire, 野知潤一@眺(ティアオ), ふむふむ, Rennon John, Masakazu Takeuchi and others. Masakazu Takeuchi said: RT @mao3mao3 中国では外資であろうが企業内に共産党委員会 [...]