ITとビジネスに関するノート(1):階層から二極化へ
By admin | 2011年 6月 20日
じつに、1年以上も本ブログとご無沙汰してしまった。理由はE-Book 2.0 ForumとMagazineに集中したからなのだが、ほかにも考えることがなかったわけではない。ITと出版、それに社会という漠然とした領域にまたがっているこのテーマをフォローするには、外からの視点が必要だと思う。やはり変化の渦中にその構造を理解するのは容易ではない。E-BookではITのテーマを抑制しているが、別の面から見えたことをノート的に書き綴ってみたい。
システムの複雑性を制御できなければ、大組織は無力となる
20世紀の終わりに普及したWebによって、情報技術の性格は大きく変わった。単純化すると「集中と分散」のバランスが変わったということだが、それは「分散」が力をつけた1980年代以降の傾向の単純な延長ではなかったことが重要だと思う。それだけなら変化とはいえない。そうではなく、強力なシステムを調達・配備できる企業が強い情報力を持つという階層性が崩壊し、サーバのサーバである「クラウド企業」と、Web上でサービスやコンテンツを提供することに特化する「無サーバ企業」に二極化する傾向が顕著になってきたということが重要なのだ。
クライアント/サーバもデスクトップも、しだいに中途半端なものとなっている。そんなところにデータを分散させても、個々に処理は出来ても連携がたいへんになる。かつて3層、4層のクライアント/サーバなどが構想され、それを担えるアーキテクトも登場したが、ビジネスとシステムの両方に目が届く人間、あるいは分野でなければ意味がないので、数は少なく、また企業の中で彼らが力を持つ機会もさらに少なかった。企業システムに「神の視点」を導入したサービス指向アーキテクチャ(SOA)は、システムをシンプルにすることはできるが、現場のプロセスとシステムが「サービス指向」に出来ていないので結局、同じ問題を超えられない。
企業の情報システムは、すでに現用サーバの数すら把握できないほど複雑すぎる状態なのだ。外部環境の変動に対応して、連携できなければビジネス上の決定が遅れる。集中と分散を階層的に整理する方向で、逆に(組織の肥大化とともに)複雑化してきたシステムでは対応が困難だった。問題はビジネス側にあり、ビジネス側のアーキテクチャの問題だからだ。しかし、ビジネスモデルとシステムの一体的運用というのは、既存企業の場合、とてつもなく難しい。アマゾンでものが売れるのは、いち早く商品と顧客をつなぐコンテクスト(ロジック)を発見し、データに即応し、最適な提案ができるからだが、連携・運用・調整の能力が違う。差は狭まるどころか広がっている。
システム間の連携が困難なのは、ITにおけるプロセスの連携だけでなく、部門(や時に企業を超えた)業務プロセスの再編が必要となるためだ。システムを連携させる能力がなければ、サーバなど持たないほうがいい。クラウドなら組織を超えたプロセスの連携も容易だ。クラウドにも問題は多いが、自前の中途半端なシステムよりはましだ。システム部門に要求される仕事の負荷は、多くの企業・機関でその能力を超えている。これからも障害は多発するだろう。クラウドはシステム装備の軽い(たとえばスタートアップ)企業ほど使い易い。
ピラミッドは「中抜き」によって維持困難になっている
世紀の切り替わる頃に、つねに近代とともにあった組織=情報力のピラミッドが崩壊し、「超集中と超分散」の二極化というパラダイムが急速に顕在化し遍在化してきた。それによって情報の物理的集積とデータ処理能力ではなく、コンテクストの操作を通じた意味的処理能力が競争力の源泉となってビジネスが動くようになってきた。この変化は多くの人が礼賛するものだが、唯一の問題は、既存の企業組織やプロセスと整合性がないことである。だから企業はどちらの方向にも進みずらい。もちろんそれは情報システムだけのことではない。世界的スケールで技術的構成が変化すれば、経済社会もいずれ(衰退と没落に任せることを選択しない限り)それに合わせて変わらざるを得ない。
しかし、ぐずぐずしている間に、変化を必然とする状況が先に出現している。様々な分野のリーダーたちがお荷物になる。これまで高い評価を得てきた知識やスキルが無用とされ、これまでは重視されなかった能力が生存に必要なものとなる。情報技術における二極化は、サプライチェーンにおける「中抜き」にほかならない。これまでは組織社会の中心であった「中」の没落は深刻だ。とくに日本においての影響は、人口の4%あまりを占めた士族の解体(秩禄処分=1876)を凌ぐだろうと思う。
Facebookのザッカーバーグ氏のようなシンデレラはいざしらず、渦中に巻き込まれたわれわれにとって、この変化は革命というより、終わりの見えない戦争のようなものだ。身の回りの人が巻き込まれ、姿を消していく。半導体などの先端分野の人も、大中小様々なスケールの商品を売ってきた人も、計算や転記、照合、名簿管理、宛名書きや発送といった事務処理で正社員やアルバイトの収入を得てきた人も、その仕事がしだいに意味を失い、経済的評価も失っている。しかし、こんな時代に現実を直視するほど難しいことはない。公式な価値観は変わらず、ますます過去の「神話」にしがみつく。空白の10年が15年になり20年になっても、公式に敗戦が宣言されるまで、組織は旧来のまま維持される。
やはり大企業ほど改造は難しい。既存の組織を変えようとするよりは、新たにBチームを育てて、パフォーマンスを競わせ、しだいに主力としていくほうが現実的だと思う。さもなければ、ベンチャー企業が動きやすいように社会システムを帰るしかないのだが、それもまた組織の規模、ピラミッドの階梯による「身分的階層性」という同じ問題に帰着する。 ◆ (06/20/2011)
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